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2024/4/8            第9回「翻訳の民主化」について

小室誠一: 翻訳テクノロジスト(バベル翻訳専門職大学院プロフェッサー)

最近「翻訳の民主化」という言葉をよく聞くようになったのではないでしょうか。

日経新聞が、3月26日付で『翻訳の民主化で「言語の壁」取り払う DeepL創業者』という見出しの記事を掲載しています。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC08BP60Y4A300C2000000/

その記事には、

と書いてあります。

まさに、AI翻訳が「利用者の隣に座る翻訳家のような存在になる」ことが「翻訳の民主化」ということでしょう。

Web上の機械翻訳サービスは、インターネットが普及した1990年代半ばから始まっています。最初の大規模なサービスの一つが、1997年に開始されたAltaVistaのBabel Fish(https://www.babelfish.com/)です。その後、多くの企業が自社の翻訳ツールを開発し、機械翻訳技術は大きく進化してきました。Google翻訳は2006年にサービスを開始し、現在では最も広く使用されている翻訳サービスの一つになっています。

とは言っても、初期の機械翻訳はルールベース方式で、辞書と文法規則を基に訳文を作り上げていくものであり、その品質はとても「翻訳」のレベルには達しておらず、一般ユーザーには利用しにくいものでした。プロの翻訳者にとっても、下訳として使うにはあまりにも修正すべきところが多すぎて使いものにならないというのが一般的な評価でした。

その代わりに、プロの翻訳者の間で使われるようになったのが、対訳データーベース(翻訳メモリ)機能を中心とする翻訳支援ツール(CATツール)であることは、これまでの連載ですでに説明したとおりです。

それが、2016年にGoogleがニューラルネットワークによる機械翻訳を公開して、状況が一変しました(https://japan.googleblog.com/2016/11/google.html)。

従来よりも流暢性が大きく向上し、一般ユーザーでもそれほど抵抗なく理解できる訳文が出力されるようになったのです。また、下訳としても十分なレベルになりました。そこで、翻訳として完成させるための「後編集」を行う仕事も増えてきました。

さらに、2022年11月に生成AIのChatGPT登場し、翻訳もできることが分かってくると、ニューラル機械翻訳も含めて「AI翻訳」が十分実用的であると認識されるようになっています。

ここにきて「翻訳の民主化」という言葉がほんとうに民主化されたと言えるかもしれません。

「翻訳の民主化」で誰が影響を受けるか

「翻訳の民主化」には多くの人々が関与しており、それぞれ異なる利益や目的があります。

翻訳技術を日常生活や仕事で利用する一般ユーザーは、情報へのアクセス、コミュニケーションの円滑化、資料の読解など、色々な目的で活用できます。

高品質な翻訳サービスを提供するプロの翻訳者は、翻訳の民主化により、新たな技術を活用して効率を向上させることができると同時に、AI翻訳による市場の変化に適応する必要性にせまられています。

翻訳を趣味またはボランティアで行うアマチュア翻訳者は、翻訳コミュニティの一員として活動し、経験を共有したり、スキルを磨いたりできます。使い方をマスターすれば大いに恩恵を受けるでしょう。

学生や研究者に多言語の教材や研究資料へのアクセスを提供する大学、学校、オンライン教育プラットフォームはAI翻訳により教育の国際化と多文化間交流を促進できます。一方で、学生にどのように使用させるかが問題となっています。

国際的な市場で活動する企業やスタートアップは、AI翻訳技術を活用して多言語のコンテンツを提供し、異なる文化圏の顧客とコミュニケーションを図ることができます。

多言語国家の政府や国際的な協力を行うNGOにとって、AI翻訳は情報の普及、教育プログラム、人道支援活動などで重要な役割を果たします。

ここで最も複雑なのは「翻訳会社」の立場です。AI翻訳を推進している反面、翻訳者にはその使用を禁止していることがほとんどです。これについては、いずれ詳しく取り上げます。

一般ユーザーが享受できる恩恵

「翻訳の民主化」は、すでに説明したように、技術の進歩によって翻訳がより手軽に、そして広く利用できるようになることを意味しています。

その一つが、 情報へのアクセスの拡大です。翻訳ツールの普及により、言語の壁を越えてさまざまな情報にアクセスできるようになりました。これにより、異なる文化や国のニュース、研究、教育資料など、以前は言語の障壁によって利用できなかった豊富な情報を得ることが可能になっています。

また、コミュニケーションの促進が挙げられます。世界中の人々とのコミュニケーションが容易になります。ソーシャルメディア、フォーラム、メッセージングアプリなどを通じて、異なる言語を話す人々と意見を交換することができます。

最近ではよく行われていますが、言語を学ぶ際に、翻訳ツールを補助として使用することで、より効果的に言語を習得できます。また、異文化理解の向上にも役立ちます。

国際ビジネスや海外での就職、リモートワークなど、翻訳ツールの利用により、より広い範囲の職業的機会にアクセスできるようになります。契約書やビジネス関連の文書の理解にも役立ちます。

翻訳アプリは、看板の読み取り、メニューの理解、現地の人との基本的なコミュニケーションなど、海外旅行をより快適にします。

多言語でのコンテンツ制作や翻訳により、自分の作品やアイデアを世界中に広めることができます。また、異なる文化の作品を自分の言語で楽しむことも可能になります。

■アマチュア翻訳者や駆け出しの翻訳者にとってのメリット

アマチュアの翻訳者や翻訳初心者は機械翻訳の出力を後編集することで、言語学習と同時に翻訳の微妙なニュアンスを学ぶことが可能です。

自由に利用できるAI翻訳ツールを活用して、多様な文書を翻訳し、自身の翻訳ポートフォリオを構築できます。これは、将来的にプロの翻訳者としてキャリアを築く上で重要な資産となります。

オンラインプラットフォームやソーシャルメディアを通じて、翻訳作品を公開し、広い読者にアクセスすることが可能です。これにより、フィードバックを得たり、潜在的なクライアントとつながったりする機会が増えます。

翻訳の民主化は、翻訳に関心のある人々が情報を共有し、経験を交換するオンラインコミュニティの成長を促進します。これらのコミュニティは、学習リソース、アドバイス、さらには仕事の機会を提供することもあるでしょう。

翻訳プロジェクトにおいて最新の翻訳ツールやソフトウェアを使用することで、技術的なスキルも同時に身につけることができます。これは、翻訳業界での競争力を高める上で有利に働きます。いまさらITが苦手だなどと言ってはいられません。

さまざまな種類の文書を翻訳することで、自分が最も興味を感じる翻訳の分野を見つけることができます。専門分野を持つことは、翻訳市場での差別化と成功の鍵となります。

「翻訳の民主化」は、アマチュアや駆け出しの翻訳者にとって、スキルを磨き、業界での地位を築くための貴重な機会を提供します。最終的には、これらの経験がプロとしてのキャリアを形成する基盤となります。

その反面、従来のプロ翻訳者は、さらに翻訳技術に磨きをかけていかないと、AI翻訳というパワード・スーツを着た駆け出しの翻訳者に追い越されてしまう恐れがあるでしょう。

「翻訳の民主化」によって翻訳を利用する側にとっては大きなメリットがあることがご理解いただけたと思いますが、翻訳を提供する側にとっては、さまざまな課題があります。

次回は、プロの翻訳者に対する「翻訳の民主化」影響を考えてみしょう。 

eトランステクノロジー講座(AI翻訳活用編)

https://www.babel-edu.jp/ett-pr/

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