東アジア・ニュースレター 中国

☆ 通貨戦争にエスカレートする米中紛争

8月5日、米財務省は中国を為替操作国に指定した。中国の為替操作国指定は1994年以来で、同省は過去10年間にわたって中国が為替操作国に該当するかどうかについて検討してきていた。他方、この決定に先立って人民元は心理的節目とされていた1ドル=7元を割り込んでいた。こうした一連の動きについて、主要英文メディアは概略次のように報じ、論じている。まず、まとめを次いで詳細をお伝えする。

まとめ:メディアは先ず、トランプ政権による為替操作国指定の引き金を引いた人民元安について、中国は米国が発動した第4弾の関税制裁に対抗して通貨を兵器化し、貿易戦争を長引かせるという決意を示したとし、人民元安は貿易戦争がエスカレートした論理的結果だと論評し、中国は人民元の管理の手綱を緩めて、元安を放置するだろうとの多くのエコノミストの見方を紹介する。その一方、人民元が心理的節目を割り込んだのは、経済成長率の鈍化という経済基調に沿った措置、もしくは中国の対米貿易の減少と中国経済の成長鈍化に伴う世界的な人民元の需要低下を中国政府と市場が認識したことの表れであり、中国輸出企業にとっては朗報となるとの見方も示す。ただし中国は人民元への信認低下を警戒して大幅な低水準へ誘導しないだろうとみる。

トランプ政権による為替操作国認定自体については、トランプ大統領は元安を好ましくないと言うが、それは自身の関税政策が生み出したものだとし、中国を公式に為替操作国と認定することで対立を深刻化させたと批判する。また米財務省の為替操作国の認定には一定の基準があるが、中国がそれに該当しているとは思えず、認定そのものに操作の余地があるとも批判する。さらに為替の圧力が引き金となってドルやその他の通貨建ての債務にデフォルトの波が起これば、中国経済は打撃を受け、ポスト毛沢東時代で初のリセッション(景気後退)が起きる恐れがあると警告する。

中国経済の現状についてメディアは、中国経済は健全で底力があり、中国政府は人民元安の容認により長引く貿易戦争への準備を整えたことを発信し、経済成長を安定させ、貿易戦争で米国と対決し、住宅市場での行き過ぎは抑制するという方針で臨もうとしていると述べるが、こうしたこと全てを同時に実行に移すことは難しくなっていると指摘する。

次にメディアの報道や論調を具体的にみていく。

6日付フィナンシャル・タイムズは「China shows its strength by allowing the renminbi to slide (底力を発揮する中国、人民元安を容認)」と題する社説で、中国経済は減速しているものの、米国との貿易紛争によく耐えていると述べ、1ドル=7元の相場水準を突破した元安の経済への影響は限定されるだろうと論じる。

社説は、米中貿易戦争は様相を新たにしたと述べ、それは人民元のためだと指摘し、人民元が目安とされていた1ドル=7元を割り込み10年来の安値に下落したが、それは中国経済の致命的な弱さや金融政策の基本的転換を意味せず、米国が発動した第4弾の関税制裁に対抗して通貨を兵器化し、貿易戦争を長引かせるという中国政府の明確なサインだと述べる。

さらに社説は、中国人民銀行(中央銀行)は声明文で、元安の理由として保護主義と関税を挙げるとともに、元を基本的に妥当でバランスのとれた水準で安定的に維持する経験、自信そして能力を持っていると強調したが、これは全く妥当と思われると述べ、通貨安は貿易戦争がエスカレートした論理的結果だと主張する。また中国の貿易黒字は拡大を続け、経常黒字も減少から増加に転じており、とりわけ外貨準備は3兆ドル程度で安定し、元に対する圧力は存在しないと指摘。中国経済は、貿易は低下しているが消費志向経済への循環が経済成長低下の圧力を弱めていると論じる。

次いで社説は、経済成長の緩やかな減速は中国において継続する所得水準の収斂とも合致していると述べる。さらに中国が輸出増のために通貨安を意図しているのであれば、もっと大幅な元安が必要になるとし、元は通貨バスケット対比ではほとんど動いていないと指摘する。ただし元の心理的節目突破は世界の通貨、株式市場などに大きな影響を与えたことは事実だとし、貿易戦争による不確実性が長引けばグローバル経済への打撃は大きくなると述べ、また大幅な通貨安が持続すれば、世界経済全体を不安定化させると指摘し、中国は米国だけでなく、他の貿易相手国に与える影響にも配慮すべきだと強調する。

上述のようにフィナンシャル・タイムズは、中国経済は健全で底力があり、人民元安は貿易戦争がエスカレートした論理的結果だと主張。中国は米国が発動した第4弾の関税制裁に対抗して通貨を兵器化し、貿易戦争を長引かせるという決意を示したと論評する。

8月7日付ニューヨーク・タイムズは、中国は貿易戦争が荒れ狂う限り通貨安を続けるとのメッセージを発信したと報じる。記事は、中国人民銀行は8日に人民元の基準値を前日の1ドル=6.9996元から7.0039元に設定したと述べ、こうした元の切り下げは、トランプ関税によって上昇する中国の生産コストを相殺する効果があるためトランプ政権の怒りをさらに買いそうだと指摘する。また中国の動きは、さらなる通貨安を示唆し、対ドル相場が7.5元から8元へ下落する可能性があるために今後数週間にわたって人民銀行の日々の基準値に注目が集まるだろうと述べ、トランプ政権は中国を為替操作国に指定したが、多くのエコノミストは、中国は人民元の管理を引き続き弱めていくだろうとみていると伝える。

8月8日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、トランプ政権による為替操作国の認定は貿易協議や市場にどのような意味を持つのかと問題提起し、第1に中国の輸出企業には朗報となると述べる。痛手を受けている中国の輸出業者にとっては、輸出品の価格低下につながるのであれば、たとえわずかでも人民元の切り下げは歓迎すべきことだとアナリストらは話しており、為替調整は、国外での社債発行を望む企業にも返済コストの上昇を避けるため再考を促す可能性があると伝える。

ただし、アナリストによると中国政府にとって現在の主なリスクは、米国の怒りを買うこともそうだが、人民元への信認が損なわれ、消費者と企業の間に人民元の先安観が醸成されることであり、そのためアナリストは一段の人民元安を予想する一方で、中国政府が大幅な低水準に誘導するとはみていないと報じる。

記事は、人民元が5日に1ドル=7元を割り込み、08年以来の安値を付けたが、これは経済基調にも同調していると述べ、中国の第2四半期経済成長率がほぼ四半世紀ぶりの低水準に落ち込み、人民元は5日のオフショア取引で約3%下落、投資家は人民元の交換レートに影響力を持つ中国の政策立案者が米中貿易紛争の沈静化という望みを捨てたと結論付けたと伝える。

上記のようにウォール・ストリート・ジャーナルは、人民元が心理的節目を割り込んだのは、経済成長率の鈍化という経済基調に沿った措置だが、輸出企業には朗報だと述べ、ただし人民元への信認低下を警戒して大幅な低水準へ誘導しないだろうとみている。

同紙は別途、「Trade War Becomes Currency War (日本版記事:米中対立、貿易戦争から通貨戦争に)」と題する6日付社説で、トランプ氏の貿易戦争は今や通貨戦争となり、そこから生じうる経済的打撃のレベルは新たな段階に引き上げられたと冒頭で述べ、人民元安は報復措置というよりは、中国の対米貿易の減少と中国経済の成長鈍化に伴う世界的な人民元の需要低下を中国政府と市場が認識したことの表れであり、トランプ氏は元安を好ましくないと言うが、それは自身の関税措置が生み出したものだとし、中国を公式に為替操作国と認定することで対立を深刻化させたと批判する。

ただし社説は、元相場のあまりにも大幅な下落は、中国の債務者が外貨建て債務を返済するのが難しくなり、債務危機を引き起こす恐れがあるため、当局は大幅な元安を望まないはずだと指摘。国際金融協会(IIF)によると、金融機関以外の中国企業のドル建て債務は国内総生産(GDP)の6%に相当する8000億ドルに上り、中国の銀行のドル建て債務は同5%相当の6700億ドルに達すると見込みだと報じる。為替の圧力が引き金となってドルやその他の通貨建ての債務にデフォルトの波が起これば、中国経済は打撃を受け、ポスト毛沢東時代で初のリセッション(景気後退)が起きる恐れがあると警告する。さらに社説は、元安は韓国のウォン安や日本の円高を招くなどの影響に触れ、外為市場は行き過ぎになる傾向があり、そうなれば予期せぬ犠牲者を生むと懸念を表明する。

8日付エコノミスト誌は「The guns of August, The trade war escalates, and the fog of war descends (8月の号砲でエスカレートする貿易戦争、立ち込める戦争の霧)」と題する記事で、米国が中国を為替操作国に認定したことで市場は卒倒し、平和な夏を求めた投資家の希望は露と消えたと報じる。記事は、中国は関税の脅威に対処するために人民元安を導いたと指摘し、人民元安の容認により長引く貿易戦争への準備を整えたことを発信したと述べる。またトランプ大統領が発動した第4弾の関税の中国経済に与える影響について、2020年の経済成長率が少なくとも0.3%・ポイント減少し、90年以降で初めて6%台を切る可能性があるとのUBS試算を伝える。

記事はさらに、低迷する経済を後押しするために中国政府は既に減税やインフラ支出増、信用抑制策の緩和などの施策を打ち出しているが、過去の不況時に経済を浮揚させた不動産市場の拡大には消極的だとの市場関係者の見方を伝える。住宅市場は手が付けられないほど上昇し、開発業者は懸念を呼ぶ水準にまで負債を積み上げているからである。そのうえで記事は、要するに中国政府は、経済成長を安定させ、貿易戦争で米国と対決し、住宅市場での行き過ぎは抑制するという方針で臨もうとしているが、こうしたこと全てを同時に実行に移すことは難しくなっていると指摘する。

他方、米国ではトランプ大統領が連邦制度準備理事会(FRB)に対して人民元安に対処するよう求めているが、為替問題は財務が所管しており、FRBは傍観を決め込んでいるもののその決定はドルに対して多大な影響力を持っており、貿易戦争による不確実性が経済に対する信認や支出に悪影響を及ぼすことがあれば、いずれにせよ利下げに動くだろうと指摘する。記事は最後に、米財務省の為替操作国の認定には一定の基準があるが、中国がそれに該当しているとは思えず、認定そのものに操作の余地があると論評する。

以上のように、メディアはトランプ政権による中国の為替操作国指定を批判するが、同時に中国経済も追い込まれていると指摘する。米国は、FRBによる利下げなど金融政策で動く余地があるが、不動産分野で問題を抱える中国は、関税の脅威に対処するために金融緩和や財政出動を打ち出すのがむずかしく、通貨安で対応していると言える。まさに元安はトランプ関税が必然的に生み出した産物であり、世界は貿易戦争に通貨戦争が加わる危険な局面に入ったと言えよう。