ネット留学で翻訳修士をめざす ゴールトマン・ポリーナさん

ゴールトマン・ポリーナさん

2007年にシベリア大学で翻訳・通訳技術を専攻し卒業しました。翻訳・通訳技術とともに英語・日本語と母国語のロシア語も勉強してきました。卒業後大学から日本語教師を勤めるよう頼まれて、喜んで受け入れました。若い人たちと交流しながら好きなこと-言語学、翻訳、日本-を教えるのはありがたいと思ったからです。教師をしていた時に、ロシアと日本の翻訳会社に履歴書を送って、在宅フリーランス翻訳者として登録しましたが、日本語から英語へ、日本語からロシア語への翻訳の知識と能力が足りないと感じました。地元の学校とか翻訳会社では翻訳能力を上げるための上級翻訳コースを備えなかったので、外国の学校に入学しようと思いました。私はPROZ.COM(世界最大規模の翻訳者・通訳者の登録団体)に登録しているので、ある日BUPST(Babel University Professional School of Translation)のことが詳しく書いてあるニュースレターをもらいました。BUPSTのホームページを定期的に検討して、「あ、これがちょうどよい!」と思いました。BUPSTではインターネットを通じて世界のどこからでも上級レベルで翻訳技術を勉強したり、ワーキング・スカラーシップ生として色々なタスクに挑戦したりできるからです。日本語能力試験一級を持っていても、日本人のように日本語ができない私は入学ができるかと色々心配がありましたが、合格ができて、特許・技術・医薬翻訳専攻を選びました。技術翻訳は需要が高そうで、在宅フリーランス翻訳者を目指している私には一番いい専攻だと思っています。

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GORTMAN POLINA

I have graduated university with specialist degree in Translation & Interpreting in 2007. My majors were English and Japanese with Russian as a native language. At the time I was offered a job of teacher of the Japanese language in my Alma mater, and I was happy to jump aboard because I liked working with young people and spreading the word about the things that I love  Elinguistics, translation and Japan. Being a full-time teacher I tried to keep my translation practice with freelance jobs. As time went by I realized that I lack certain knowledge and skills to deliver high-quality translation from Japanese language to English or Russian. Local schools or translation agencies could not offer any advanced courses or guidance in this field, and so I decided to search for a foreign school. As I was a registered member at Proz.com I got a newsletter mentioning Babel School of Professional translation. I carefully studied the BUPST homepage  Eit was just what I needed! It offered an advanced hands-on course in translation and gave an opportunity to study from anywhere in the world via the Internet. I was not sure I would make it through the entrance exams, because despite having JLPT 1 I could not say that my Japanese language abilities are anywhere near the native level. But I passed the exams and enrolled to Patent, Technical and Medical Translation course. Technical translation is in demand, so it seemed a reasonable choice for someone who wishes to support themselves by working as a freelancer.

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医薬翻訳者を目指して将来へ ハースィ マンディ

ハースィ マンディ

2002年に初めて日本に住む機会が与えられ、日本の素晴らしさに感銘を受けた私。日本の人々、風景、文化などに出会い、私にぴったりあうように感じました。日本語も、ひらがな、カタカナ、漢字の三つの字体があり、大変奥が深い言語だと思います。そして、日本語の勉強をすればするほど、その奥深さに感動します。一生学んだとしても、日本語の知識はほんの僅かしか身に付かないと圧倒されます。 その後、子供が生まれたので、もちろん子供と一緒に日本語を学ぶことにしました。そのために、まず自分の日本語能力を出来るだけ高めないと。日本語を親子で学ぶと決心してから、毎日日本語にどっぷりつかって過ごしています。現在、子供達に追い越されまいと必死に勉強に励んでいます。 外国語を学ぶと、自分の言語から、また自分の言語に切り替える必要が数多くあります。子供達に、『それはなんという意味?』と聞かれたら、英語から日本語に変えるのは日常茶飯事です。そうするうちに、自然に翻訳や通訳の仕事を始めるようになりました。しかし、自分の翻訳レベルは大変低くて、翻訳が正・mかどうか全く分からないので、焦ることもよくあります。もっと正しい翻訳が出来たらなと考えたことは何回もあります。 翻訳を正式に学びたいと思い、色んな学校のプログラムを調べました。その際、バベル大学院を翻訳のウェブサイトで初めて知りましたが、最初は学費に戸惑いました。単に翻訳講座をいくつか受けるより、認定された大学院で翻訳を習った方が基礎から徹底的に学べますが、金銭的には不安を感じ・・・。そのとき、バベル翻訳大学院のワーキングスカラシップ制度の存在を知って、早速入学の申し込みをさせて頂きました。幸いに、ワーキングスカラシップ生と認められたので、学費を稼ぎながら勉強ができて、一石二鳥。 これから、医薬の分野に進みたいと思います。息子は医者になるのを目指しているし、医薬翻訳の需要はこれからますます高まると考えていますので、翻訳の出来る人がさらに必要となるでしょう

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Haase Mandi

I was first introduced to the mysterious and beautiful country of Japan in 2002. I immediately fell in love with the culture, scenery, and people of Japan. However, at that point I could not speak, read or write Japanese. Determined to understand and communicate with the people around me I began to study Japanese in earnest, and have not stopped studying since. Even after moving back to America two years later, my passion for Japanese has not decreased.

After having children, I decided that I would continue learning Japanese with them. At first teaching them basic vocabulary was easy, but as they got older, I found myself having to study even more diligently in order to keep up with their learning pace! It was at this point that I first contemplated the idea of working in translation. I wanted to be able to explain to my children in Japanese material that I had read or hear in English.

As a volunteer, in 2007 I completed my first work of translation. I was astounded at how difficult translation was, and realized that just being fluent in two languages does not make one successful in translation. At this point I began researching various translation schools, but none of them offered a degree in translation. I felt that merely taking a few classes would not be enough to develop skills as a translator.

Recently, I heard about Babel University of Translation. Babel is an accredited university that offers a Masters degree in translation, which was exactly what I had been looking for. Furthermore, the working scholarship system allows me to earn my tuition while studying. This was the ideal situation for me, so I immediately applied. To my great delight, I was accepted into the university and working scholarship program.

The Babel university classes are challenging and very well organized. Although I have just begun classes, I have already found myself improving in my translation skills.

In the future I hope to work in medical translation. My son aspires to become a doctor, so I have a vested interest in this area. Also, I believe there is a high demand for quality translation in the medical field, which will allow me to be able to hopefully find steady work in the future.

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医薬翻訳家をめざして奮闘中! 大塩由利香

大塩由利香

イギリス留学から日本へ帰国し、自分が本当にしたいことはなにかとあれでもないこれでもないとしばらく考えていました。そんななか、以前から医療に興味があり、英語力も同時に生かせる医薬翻訳者の存在を知りました。 でもせっかく学ぶのであれば、きっちり基礎から専門である医薬まで学びたい、自分のペースで進められる通信制がいいという私のわがままな条件を網羅していたのがバベルの翻訳修士号でした。しかし、「大学卒業以上」という入学資格を見た途端、大学の学位すら持っていない私はだめだと思いました。でも、何週間経った後もやはり気になり、思い切って問い合わせてみると、意外にもぜひ試験だけでも受けてみるとよいとの答えをいただき、早速受験することにしました。幸運にも学費が一部免除となるWS生として入学を認めていただくことができました。このスカラシップの良いところは、実際の翻訳業務に携わることによって、翻訳を学びながら実績を積むことができ、それだけでなくBRMのリサーチ業務など翻訳を行うまでの過程や翻訳が終わってからの校正など、本当に翻訳家として働くとなったらどのような流れで進んでいくのかという体験を学生のうちにできることです。 そうはいいつつも、WSの業務とBUPSTの勉強と仕事の3つをバランスよく時間配分をするにはまだ時間がかかりそうです。WS業務をやってみると、一見量があまりなくても内容によっては予定より大幅に時間がかかってしまったり、どうしてもしっくりくる訳文が思いつかず行きづまったりしてしまうこともあります。こういった経験を生かしながら、将来は医薬翻訳家として活躍し、翻訳を通じてずっと目標としていた人間や動物の医療また福祉への貢献を実現したいと思います。

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世紀を超え世界の知性を子供達に紹介した 大森充香さん

大森充香さん

ー大森さんの喜びの声ー

『ダーウィンと進化論』が出版されて、およそ1年。当時お世話になった編集者の方から、「厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財に認定されました!!!!」という突然の知らせを受けて本当に驚きました。正直なところ、最初は、この長々と羅列された漢字の意味を理解するのに忙しくて、すぐに喜びを実感することはできませんでした。でも、自分の訳書が「全国の子どもたちにお薦めできる本」として公に認められたのだということを理解するにつれ、じわじわと喜びが込み上げてきました。そして、この作品を完成させるにあたり、ご尽力いただいた丸善株式会社の方々と、応援してくれた家族に対し、改めて感謝の気持ちが沸きました。

ダーウィンと進化論

『ダーウィンと進化論』をやろうと思ったきっかけは、2009年が、ちょうどダーウィン生誕200周年ならびに『種の起源』出版150周年という記念すべき年だったからです。この機会を逃す手はないということで、インターネットで調べていたところ、本書を見つけました。ほとんど、一目惚れでした。ビーグル号での探検、進化論をめぐる論争、飽くなき探究心と勇気などなど、ダーウィンのドラマチックな人生と人柄の物語に一気に引き込まれたのです。また、伝記としては大変珍しい体験コーナーが多数含まれていましたし、芸術性あふれる挿絵の数々にも魅力を感じました。出版社は、わざわざ「ジュニアサイエンス」という新しいジャンルを設けて、この本を出版してくださるといいました。

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私としては、とにかく、この原書の魅力を損なわないようにと、楽しみながら、丁寧に訳出していくだけでした。途中、まだ小学校に上がっていない息子たちが、実際に原書の挿絵に興味を示したのは嬉しかったです。そのため、ちびっこ相手にダーウィンの功績を語ることがたびたびあったのですが、そういった子どもたちの反応も、翻訳作業を進めていくうえで大きな励みになりました。

このような経緯と思いで作り上げた『ダーウィンと進化論』は、まさに私にとっての宝物となりました。是非とも、多くの方々に読んでいただきたいと思います。 また、今回、児童福祉文化財の認定を受けたことを謹んで受け止め、今後の翻訳活動に活かしていきたいと思います。

ー私がバベル翻訳大学院(USA)で学んだことー

バベル翻訳大学院では、英単語や英文法に関する翻訳のノウハウはもちろん、徹底したリサーチを行うことの重要性を学んだことが大きな収穫でした。 今では、たった1つの単語や文であっても、よく分からないことがあれば、複数の辞書を引き、信憑性のあるHPからの情報を収集し、図書館からさまざまな資料を借り、時にはその道のエキスパートに質問するなどして調べます。 原稿の締め切りを考えると気が急くこともありますが、この地道な作業を抜きに良い作品をつくることはできません。 翻訳をしているなかで、苦しくて、苦しくて、でもやっぱり楽しいのが、こういったリサーチをしているときですね。

また、ワークショップでいろいろな人の訳文に触れ、修了作品でまとまった量の翻訳にチャレンジできたこともプラスの経験になりました。そして、先生方のアドバイスを受けながら、修了作品の出版化を実現できたからこそ、今こうして出版翻訳の仕事に携わることができているのです。 ちなみに、修了作品には『光る遺伝子』といって、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質について書かれた本を選んだのですが、それから間もなく、この蛍光タンパク質の発見者として下村脩先生がノーベル化学賞を受賞されました。

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そして『光る遺伝子』と同時に出版が決まった『ダーウィンと進化論』は、この度、児童福祉文化財に認定されました。「私はなんて運がいいのでしょう!」と思わずにはいられません。 そこで、ふと、以前どこかで目にした湯浅学長のことばが頭をよぎるのです。たしか、このようなことをおっしゃっていました。

ーー原書選びのポイントは、自分が読んで楽しいと思う本を探すことです。

自分が好きになれないような本を、読者が好きになることはないでしょうーー改めて、作品選びの大切さを実感する今日この頃です。

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<プロフィール>
オランダ生まれ。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校メディカルテクノロジー科卒業後、国内製薬会社研究員を経て、バベル翻訳大学院テクニカル&サイエンティフィック翻訳科卒業。翻訳修士。 訳書に厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財認定図書の『ダーウィンと進化論ーその生涯と思想をたどる』と『ガリレオと地動説ー近代化学のとびらをひらいた偉大な科学者』があるほか、『エジソンと発明ー努力とひらめきで失敗を成功につなげた偉人』、『光る遺伝子ーオワンクラゲと緑色蛍光タンパク質GFP』、『ニュートンと万有引力 宇宙と地球の法則を解き明かした科学者』(いずれも丸善出版)がある。また共訳書に『デトックスマニュアルー「きれい」をからだの中からつくる法』(バベルプレス)、『おもしろいように伝わる!科学英語表現19のツボ』、『テクニカル・ライティング必須ポイント50』、『実験レポート作成法』(いずれも丸善出版)がある。

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「あんしん介護アドバイス、お年寄りにやさしい1000の知恵(中央法規社刊)」 アレストラ敦子さん

アレストラ敦子さん

───バベル翻訳大学院(USA)に入学したきっかけをお聞かせください。

バベル翻訳大学院(USA)ハワイ開校、特別奨学生募集の案内書を読んだことがきっかけです。病院で難しい治療の選択肢、時には癌の告知やホスピスを説明する医師と日本人の患者さん、家族のコミュニケーションの橋渡しの役目を担うことがあり、そのたびに、その役割の難しさと責任の重さを感じておりました。思いがけずバベルの案内書をいただき、翻訳の勉強がインターネットで、しかも仕事を続けながらできることを知り、すぐに応募いたしました。素晴らしい学習のチャンスを与えてくださった湯浅学長をはじめバベルのみなさまに心から感謝いたしております。

───卒業されて、大学院時代の感想はどうですか。なにが役立ちましたか。

勉強と仕事を両立させることは確かに大変なことでしたでした。コンピュータ操作の知識、ネット検索のスキルを身につけていたら、もっと効率よく学習に取り組めたのではないかと思いますが、とにかく継続することができたのは、惜しみなく知識を分かち与えてくださった先生方のご指導と暖かい励ましのおかげです。苦しいかったこともみんな懐かしい思い出です。そして中でも苦労した「Plain English講座」や「インターネットサーチ講座」は、生活の場、仕事の場でのプレゼンテーションにとても役立っています。

───ご卒業後、日野原重明先生監修の翻訳書を出版されていますが、これをご紹介ください。

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修了作品として翻訳した『The Caregiver’s Essential Handbook』が2008年に中央法規社より出版されました。 「あんしん介護アドバイス、お年寄りにやさしい1000の知恵」(中央法規出版) サッシャ・カー、サンドラ・コーロン著 日野原重明 日本語版監修 アレストラ敦子・平山登志夫訳

この本は、介護をする人たちを支援するために、年老いた愛する家族を介護する米国の人たちの知恵と工夫を集めて介護に必要な知識と情報を分かり易く説明し、老人の気持ちを優しい視点で捉えらえて、介護が必要になったら何をしてあげればよいか、加齢による心と体の変化への対応法、問題が起きる前に準備すべきこと、支援の求め方等、情報源やアドバイスを幅広く提供しています。

出版に際しましては、日本の医療介護制度、習慣、文化の違いを踏まえて情報を整理することにとても苦労いたしました。幸いにも、日野原重明先生が監修をお引き受けくださり、老人の医療、介護と福祉に長年の間たずさわっている平山登志夫博士(兄)の支援と助力があってやり遂げることができました。出版に関わってくださった全てのかたがたに感謝いたしております。

───今後の抱負をお聞かせください。

現在は、主人と元気に幸せな一日を生きることを大切にしています。そして良い本に出あったら、また翻訳に取り組んでみようと思っています。

[box color=”lgreen”] アレストラ敦子さん

<プロフィール>
聖路加短期大学卒業後、フルブライト留学生として渡米、米国病院で看護研修を受け、ニューヨーク州及びハワイ州のプロフェショナル・ナース(RN)の資格を取得。米国のブロンズウィック・ホスピタルセンター及びクアキ二・メディカルセンターのべットサイドの看護、看護管理職を経て、2001年にバベル翻訳大学院(USA)に入学。現在ハワイ在住。

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「Limited Belief を解き放つ」 中島 秋さん

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堀田先生が告知メールで今更ですが念のため、とおっしゃった「ゴールは今を起点に積み上げていくものという考えを払拭し」「Limited Beliefを解き放つ」。今回のワークを通してやっと腑に落ちました。

この数年でかなり払拭されたと思っていたのですが、まだまだ堀田先生がおっしゃるようなマイナスのアファメーションを知らず知らずのうちに繰り返していることに、今回初めて気がつきました。私の場合は、語学そのものにも興味がありますが、時間がないからマルチリンガルにはなれない、翻訳は出来ても英語が流暢に話せるようにはならない、子供を預けられないから仕事の時間が取れない・・・それを全て払拭するには、どんな些細な目標・希望でも言葉にして書き出さなければならない。ということに気がつき、今回実行しました。資格ではないものでも、仕事と呼べるか悩むようなものでも、希望は今回すべて書き出しました。

すると、今まで何十年も私のただの「希望しているけど実現できない」がいとも簡単にゴールになり、5年後の現実になりました。言葉の力はやはり強い。翻訳をする者としては責任を感じるとともに、心強いことです。

また、私が仕事をしていく上では、家族の状況が大きく影響してくるため、そのことも考慮しました。3年後には下の子が小学校に入学しますし、5年後には上の子が6年生、下の子が3年生になります。そうすれば、6年後になれば、夕方も仕事ができるようになったり、場合によれば家を空けることもできたりするということがわかります。そうなれば翻訳以外の、プロジェクト周辺のマネジメント(滞在中のサポート・通訳・翻訳など)も行うことができます。そういう感じで希望をどんどん取り込んで今後5年の私はどんどん成長していきました。

繰り返しになりますが、今まで実現しないと思っていたことが現実になっていくのはとてもワクワクして、実現のために今日の小さな一歩を踏み出すパワーになっていきました。今までは好きなことでも、希望(例えばXX語を習得する)とは実現しないことと決めつけていて、ゴールが霞んで見えないため、過程(語学の勉強)を楽しむだけで、ただその時その時の楽しみだけではいつのまにかうやむやになってしまうのでした。今は過程も楽しみながら、ゴールを見据え、今すべきことがわかるので取り組むことができます。そして習得するというゴールが見えれば、仕事に活かせるかもしれないといった感じで、その先の新しいゴールもまた見えてくるのです。このような考え方は私にとっては新鮮でした。目の前のことをこなすことばかりで、未来が今と地続きであることに疎かったように思います。

具体的な内容としては、前からお話をいただいていたプロジェクトがあったのですが、サスペンド状態になっていたため、ほかの道を模索して、この半年に医薬翻訳を目指して行動していました。このプロジェクトがこの度準備段階をようやく乗り越え、動き出しそうだとちょうど先日連絡を頂き、両方を2つの柱として5年後の私を組み立てました。どちらがメインになっていくのか、2足のわらじを履くのか、今の時点ではわかりませんし、決め付けてしまいたくもありません。状況も私と同じく生き物であり、どうなるのかわからないのが面白いと思います。どのようになるとしても、今を大切にやるべきことを進めていけば、必ず最善の状況になる。仏教を学んで得た視点です。

しかしこの視点も、以前は、目の前のことにがんばっていれば運が回ってくるというか、例えば神様かサムシンググレートがごほうびをくれる、といった感じでした。しかし今なら、今は未来と地続きで何個かある道のどれかに行くだけで、ある程度は自分の意志も加えることができるというより現実的な考えができるようになりました。

この5年がとてつもなく楽しみになってきました。

中島 秋
2013年4月バベル翻訳大学院にてMST(翻訳修士号)を取得。特許・技術・医薬専攻。ビジネス及び一般のe-mail、手紙、ホームページなどの翻訳を行っている。

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「シートの作成中に感じたこと」 深川 恵さん

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第1回に引き続き、キャリアアクセスシートを完成させていった。第2回は、「キャリアビジョンを見直す」という主旨のものであったが、今回も分析中さまざまなことを改めて考えさせられた。

私はもう何年も複数の領域の仕事を掛け持ちしている。細かく分けると、「翻訳」「翻訳チェック」「家庭教師」「塾講師」という4つの仕事をずっと続けている。そのため、仕事の内容に対する満足度も個々に違っている。これまで漠然とそれらに順位をつけていたが、シートを完成させるにあたり、この4つの仕事をどう思っているのか考えていくことになった。5年、10年後の自分の未来を考え、仕事の優先順位をつけていくことは大切であり、「いつか仕事の種類を絞りたい」と日々考えていたものの、絶えずバタバタしていて、なかなか実現させることができていなかった。今回、自分と向き合う機会を得られて本当に良かったとつくづく感じた。さて、実際過去を振り返ってみて、「自分が何に満足してきたか」を分析していった。長年続けてきた仕事であるだけに、仕事内容はどれもそれなりに気に入っているが、特に満足しているのは「文芸書の共訳」「家庭教師」の仕事である。どちらも、仕事を通していろいろな知識やスキルを吸収することができ、本当に奥の深い仕事だと思っている。また、こちらも共通して言えることだが、ベースとなっている状態に対しどう働きかけるかで最終的に出来上がる状態が異なり、自分の個性が反映されることも楽しい。現在までにかなりの満足感を得ることができている。

だが、いくら自分の将来のことであると言っても、自分の気持ちのことだけ考えていくべきでもないと思う。確かに「やっていて自分がどれだけ満足できるか」ということも大切だが、「顧客の満足度」ということも今後の仕事を選ぶ大きな指標であるはずである。シートの質問にはそうしたことを問いかける項目もあった。そこで私自身、自分が手がけてきて一番満足度の高かった職種は何か振り返っていった。最も該当しているのは、正直に言えば、家庭教師の仕事である。これまで、指導してきた生徒の合格後、顧客である多くのご父兄からじかに感謝の言葉を伝えられた。生徒自身の嬉しそうな顔を見ても、やはり感動を覚える。その度に、仕事に対する高い満足感が得られた。シートの分析を通して、この仕事も続けていきたいと思っていることがはっきりとわかった。

また、「最近の社会的トレンドで何に興味があるか」という問いもあった。最も答えを出すのに時間がかかった問いである。答えを見つけるために、キャリア以外にも日常生活全般について振り返っていった。かねてから関心を抱いていて、大学院の修了作品のテーマでもある「健康関連」というテーマがまず浮かんできた。その後は、大学入試の方式や英語教育について大きな変化があったことを思い出した。そこで、「教育問題」を関心領域として挙げた。あとは、「消費税」などの税金の問題である。日常生活に直結していることなので今後の動向が気になっている。

今回のシートでは、前回記載した内容も含めて自己分析をし、「私のしたい仕事」を描く形式になっている。上記のような分析を行い、自分は「翻訳」「家庭教師」という2つの仕事を中心にしたいという結論に達した。2つの仕事を同時に行うことは実際に可能だと考えている(そもそも、片方だけに絞って生活していける自信もない)。ただし、どちらも現在のままではまだ土台が完成していないと感じている。スキル、時間の使い方、人脈など、改善していくべき点は山ほどある。今後のシートを通して、自分の課題を整理していき、最善の解決策を見つけていきたいと思っている。

深川 恵(ふかがわ めぐみ)
中央大学大学院卒。専攻は教育系心理学。現在は大手個別指導塾TOMASのチーフ講師。特許翻訳関連の仕事も従事し、一般書「Play」(スチュワート・ブラウン著)、「Gluten Free Living」(カレン・ラッセル著)の翻訳も行っている。

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「キャリアビジョン作成過程の独り言」  関口 佳子さん

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年齢のことは、あまりいうべきではないかもしれませんが、私はこの秋の誕生日で55歳になります。私たちの父親の世代なら、ちょうど定年を迎える年齢です。だからでしょうか、このキャリアコンサルの設問に回答してみるまで、あまりこれからのキャリアのことを考えてみることはありませんでした。とにかく、いつか引退する時が来るまで今までの続きの仕事を無難に続けていこうという考え方であったと思います。

実のところ、普段の生活では日々舞い込んでくる短納期の仕事などに追われることもあり、このような長期的なビジョンに思いをめぐらせることはなかなかできません。メールを目にして回答をはじめたときも、なんとなく途中でめんどうになって中断してしまうのではないかな、などと思っていました。ところが、「自分が輝いていたのはどういうときか」という設問から入ったのがよかったのでしょうか、気が付いてみると、キャリアコンサルに回答するのが楽しくて仕方ないという気持ちになっていたのでした。

こうして回答をすすめていくうちに、自分でも日頃気づかなかった、ある1つのことがはっきりとしてきました。それは、私が仕事の上でまだ何か新しいことにチャレンジしたがっているようだ、ということでした。もちろん、フリーランス翻訳者という今の仕事は自分にとって非常に大切なものであり、非常に満足しています。しかし、設問に答えていくうちに、10年ほど前に会社勤めを辞めたときの心境などを思い出し、この新しい仕事にチャレンジしていたときの楽しさが記憶の中によみがえってきました。回答の中にも、ずいぶん「チャレンジ」という言葉を使うようになっていきます。

そして自分なりに思ったことは、たとえばこれからの5年、10年という長期的な人生計画を考えたとき、「引退まで無難に」というような消極的な姿勢はやめよう、ということでした。やはり、私が生き生きと仕事を続けていくためには、何か新しい計画を立て続けることが必要なようです。ただ、新しいことにチャレンジといっても、さすがにこれから音大に入りなおして音楽家への道を進むというようなわけにはいかないだろうな、とは思いました。

仕事の話からは脱線になりますが、音楽は私の人生のもう1つの重要なテーマになっています。30代のころにはMIDI音源を使った演奏に没頭し、とある地方自治体の教育委員会の人から、私の作った演奏データをコンピュータ音楽のサンプルとして学校の授業に使いたいという打診をいただいたこともあります。数年前には一念発起してフルートとジャズ理論を習い始め、簡単なアドリブ演奏ならば人前で披露できるようにもなりました。

  しかし、そういったことはあくまでも人生を豊かにするための趣味として、アマチュアだからこそ続けていけるのであって、音楽のプロとして食べていくのは大変なことなのだ、ということくらいは私にも理解できます。

さて、それでは何が自分にとって新しいチャレンジなのだろうかと考えてみると、可能性は意外にたくさんありそうです。たとえば、請け負う翻訳の分野を広げて新しい分野にチャレンジすることもできるでしょう。あるいはIT翻訳者という立場からマニュアルライティングやテクニカルコミュニケーションの分野にかかわってみる、などということも面白いかもしれません。せっかくジャズ理論などを学んだので、翻訳という仕事の範囲内で音楽の分野に挑戦してみるのもいいかもしれません。長時間座ってコンピュータの画面を見ながらキーボードをタイプし続けるのが体力的にきつくなってきたら、後進を育てるようなビジネスを考えてもいいかもしれません。

 「自分って、意外といろいろな可能性を持っているじゃない」
これが、回答を終えたときの感想でした。そして、なんだかとてもスッキリしました。
時間はある程度かかってしまいましたが、こうして将来のことをじっくり考えて人生の棚卸をしたことはよい経験でした。私の長期ビジョンは、もう「引退まで無難に過ごす」ではなくなりました。年齢がいくつになっても、将来の夢が広がっていくのはうれしいものです。

関口 佳子
大学では日本思想史を専攻。マスコミ就職を志すも希望する職種に就けず、20代では通信社の校閲部、新聞社の記事データベース編集部などを転々とする。30代、パソコン通信・インターネットサービスプロバイダに就職し、カスタマーサポート業務に専念。海外の顧客対応のため、会社負担で英語を学習。40代、外資系のIT企業に転職し、IT翻訳という仕事を知る。2002年、この仕事を極めてみたくなり独立。仕事をつづけながら、バベル翻訳大学院でテクニカル翻訳を専攻、2010年修了。2013年、フリーランス翻訳者として11年目を迎える。

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