グローバルに起業するノウハウ 第3回

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第3回 トラブルの回避とトラブルが発生した場合

支払いに関する問題
翻訳の仕事で最も重大なトラブルのひとつは、支払いに関する問題でしょう。特に、初めて取引する翻訳会社、しかもそれが海外にある場合は、納品後本当に支払ってくれるのかどうか不安になるのも無理はありません。そこで、支払いリスクを最小限に避けるには、まず次のようなことに気をつけてください。
・政情や経済が不安定な国にある翻訳会社とは取引をしない
・評判の悪い翻訳会社とは取引しない(Proz.comのBlue Boardやウェブサイトで翻訳会社について取引前に徹底的にリサーチする)
・最初から大型案件を引き受けない
・注文書の内容が契約した条件と同じかどうか確認する(特に単価と支払い条件)。違う場合は、すぐに訂正を申し出てください。訂正しない場合は、引き受けた案件であっても取引を中止します。
支払日になっても約束通り支払われていない場合、海外の翻訳会社は数日ずれることがありますので、経理に問い合わせます。経理に問い合わせてもらちがあかない場合は、案件担当のプロジェクトマネージャーに事情を話し、PMから経理に圧力をかけてもらいます。ときには、PMに提出した請求書が経理に転送されていないことがありますので注意してください。たいていこの時点で支払い問題は解決しますが、いつも催促しないと支払ってくれない翻訳会社はそれだけでストレスになりますので、取引を見直したほうがいいかもしれません。
中にはのらりくらりと言い訳をして(担当者が不在、休暇中、請求書を紛失したなど)なかなか支払ってくれない場合があります。ここまで来たら、今後その翻訳会社との取引には見切りをつける覚悟で、「未払いについてしかるべき機関に通報する」とメールで通告すれば、観念して支払ってくれるはずです。この場合、しかるべき機関とは、Proz.comのBlue Board、有料・無料で運営されている支払い関連のリストです。たいていの翻訳会社は、翻訳会社から低い評価を受けるのを恐れています。なかには、最初から全く払う気がない翻訳会社もありますが、それは最初のリサーチで地道に見つけていくしかありません。
翻訳の品質に関するクレーム
支払い問題の次に厄介なのは、翻訳物に関するクレームです。翻訳者だったら、どの案件も最大限の力を発揮して全力で翻訳すべきです。単価が安いとか納期が短いというのは言い訳になりません。その条件で案件を受けたのは翻訳者自身です。翻訳の品質に関するクレームを避けるには、次のようなことに気をつけてください。
・単価が安すぎる案件を引き受けない。自分の中で翻訳するモチベーションが下がって、無意識に品質が下がります。概して単価が安い案件ほど要求事項が多く、後でトラブルの元になります。
・大型案件を複数の翻訳者で翻訳する案件には応募しない(理由は前回説明したとおりです)
・1日あたり翻訳業界の常識とかけ離れたワード数の翻訳を要求する翻訳会社とは取引しない。1日あたりの処理量は英日で最低2,000ワード、最近は2,500ワード前後で計算している翻訳会社もあります。たとえば4,000ワードを(複数日数)要求されたら、その会社が翻訳業務について本当に理解しているのかどうか疑った方がよいかもしれません。
全力を尽くして翻訳しても、ある日突然翻訳会社から品質に関するクレームがくることがあります。その場合、まずクレームの内容を把握します。
誤字脱字、数字の転記ミスなどケアレスミス
クライアント(翻訳の発注元)の多くは翻訳の品質を正確に判断できませんが、誤字脱字やケアレスミスはすぐにわかりますので、せっかく質の高い翻訳を納品しても、それだけで「低品質」のレッテルを貼られてしまいます。したがって、ケアレスミスは絶対しないようにしてください。
用語や文書のスタイルに対するクレーム
翻訳の発注に慣れているクライアントは、用語集やスタイルガイドを支給しますが、どの案件でも必ず支給されるとは限りません。その場合は、そのクライアントのウェブサイトの日本語版を参考にして訳語を決めながら翻訳を進めます。それでも、大企業になるほど事業所や部門ごとに訳語が異なるということはざらにあります。クレームを受けた場合は、参照した資料やウェブサイトなどを報告します。
他社/他の翻訳者の翻訳に対するクレーム
案件の中には、最初から全部翻訳するのではなく、他の翻訳会社や他の登録翻訳者が翻訳した案件に翻訳を付け加えるというものもかなりあります。その場合、クライアントからのクレームの矛先は最後に翻訳した翻訳者に向けられます。まず、クレームの内容を把握し、自分が担当していない部分の翻訳がクレームの対象となっているときは、それを明確にしてPMに伝えます。
登録翻訳者からのクレーム
たいていの翻訳会社は、翻訳された原稿を他の登録翻訳者にプルーフリーディング/レビューさせます。ところが、翻訳文書全体を自分好みの表現に変えて提出する翻訳者がいます。日本語を理解できないPMが、その原稿(たいてい、変更履歴で訂正された原稿)を見るとどうなるでしょうか?この問題はどの国の翻訳業界でも発生していて、Proz.comのフォーラムなどでも頻繁にとりあげられています。この問題が非常に重大な結果を招くことを理解している翻訳会社は、「自分の好みに基づく」原稿の修正を禁止しています。
「自分の好みに基づく」原稿の修正が、単に仕事だと思ってやっているのか、悪意によるのかは推測できませんが、修正された原稿全体を眺めてみると、修正内容が用語集に沿っていない、誤字脱字だらけ、文章の目的に沿っていないなど不要な修正が行われていることが少なくありません。また、修正内容が翻訳者の好みに基いて行われている事実も、前の内容と合わせてきちんと報告します。そうしないと、大量修正の理由がわからないPMは、翻訳者の評価を下げてしまうかもしれません。
以上、クレームを受けた場合の対処の仕方について説明しましたが、翻訳会社がクレームを伝えるとき、クライアントの肩を持たず、翻訳者を一方的に責めず、中立性を保ち、事務的に処理できるかどうかが良い翻訳会社の条件のひとつではないかと私は思っています。
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<最後に>
今回は、グローバルに起業する際に注意すべき点を簡単にまとめました。最初の一歩を踏み出すのは勇気が入りますが、目の前には無限の市場が広がっています。この連載を読んで一人でも多くの方がグローバル翻訳市場で活躍してくださることを願っています。
私の都合で、連載の順序が入れ替わりましたことをお詫びいたします。次回は、7月25日に掲載した質問に対して回答したいと思います。

ハクセヴェルひろ子
ハクセヴェルひろ子
大学卒業後、商社と金融機関勤務を経て、1992年トルコに移住。
2005年バベル翻訳大学院修了。翻訳修士。
2008年Proz.com Certified PRO認定。現在フリーランスで翻訳業に従事。
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