ISO17100の背景
Translation Services ― Requirements for translation services. これがISO17100の英語タイトルです。これまでの検討の流れの中に、ヨーロッパ規格EN15038としての出発がありました。
10年以上もの一昔もふた昔も以前、筆者がまだアメリカでローカライズ翻訳に携わっていた頃、American Translator’s Associationで話題に上りかけていました。EN15038はヨーロッパ規格であるゆえ、さらに汎用的に適用可能領域を広げる目的で、翻訳プロジェクト規格であるISO/TS 11669 Translation projects ― general guidanceが作られ、その内容を取り込んだ形で今回のISO17100に進化しています。
この発展史を踏まえれば想像がつくように、各テーマで独立した規格を作ろうとしているのではなく、関連された形で内容を発展させ、かつ包括的に翻訳プロセスを記述しようとの努力の跡が見てとれます。この記事でISO17100の全容をお伝えするのは難しいので、要点をまとめた上で、日本の翻訳市場から見た課題をあげていくことにしましょう。
標準化とは
標準化とは一言で述べると、業務実体とプロセスの定義(明文化)です。中でも、業務プロセスの定義は標準化の真骨頂です。翻訳の作業は情報技術とは異なりますが、そのプロセスを定義する上で情報技術で参考にしている考え方がある程度役に立ちます。それは、情報技術の全容をインプット、プロセス、アウトプットの3分類する方法です。では引き続き、インプット、プロセス、アウトプットに従って翻訳作業を分けてみましょう。
インプットとしてあげられるのは、起点言語で記述された原文のほか、参考資料としての辞書などです。アウトプットには、目標言語に移し替えられた作品や、作業の結果できあがったデータベースなどがあげられます。インプット、アウトプットに比べ、プロセスはさらなる区分が必要となり、「誰が、いつ、どこで、何を、どのように」という5W1Hの記述が可能となります。
「誰が」としてISO17100では、個人としての翻訳者、リバイザー、レビューアーなどをあげ、
団体では翻訳会社などがここにあげられます。もちろん、ISO17100では翻訳会社が主なターゲットになっていることは確かです。「誰が」を考察するにあたって、ここでは各役割に求められる資質が定義されています。翻訳者になることができる要件として、日本をはじめとする国の翻訳市場には適さないものがあげられ、適用上の問題点が指摘されていますが、これについては後述します。
「いつ」は、ISO17100の最後部に一連の作業をフロー化して掲載しています。「どこで」に相当するのが、前述した役割をフロー上に載せることです。具体的な場所ではなく、役割の責任を明確化することと解釈することができます。
「何を」はプロセスの主要項目でしょう。翻訳の本来の意味での「何を」に関してまでは記述していないのがISOです。なぜなら、翻訳者の頭の中でどのような作業をおこなっているかに関してまでは関心を払わずとも、翻訳プロセスを記述することができ、むしろ、標準化にあたっては、
翻訳者が最大の関心をはらっている、「どのように翻訳するか」の問題はISO17100の範疇ではないからです。
ここまでくると、標準化の域から、研究の世界でも、認知科学や脳科学の域へ突入せざるを得ません。翻訳者の頭の中を標準化することは、まだまだ時間がかかり、さらに言えば、翻訳者がどのように訳を考えつくかの標準化は、現時点で、バベルユニバーシティの専売特許である
『翻訳英文法』を除いて存在しないでしょう。
http://www.babel-edu.jp/online_lan.html
「どのように」の核となる翻訳者がどのように訳に行き着くかの疑問に対しては、標準化の範疇には入っていないので、それ以外の、どのように、のプロセスについての標準化がなされています。
日本の翻訳市場にとってのISO17100
翻訳作業を標準化しようとする際、筆者の経験から言えば、翻訳生産性、翻訳の質、翻訳者の資格の3つが問題となります。
翻訳生産性については、アジア言語が圧倒的に弱い立場に立たされます。言語的骨格を共有する言語同士(たとえば、ゲルマン語)の翻訳に比べて、日本語を起点、目標言語にしたゲルマン語との翻訳では、圧倒的に翻訳生産性が低下します。ダブルバイト言語と呼ばれるアジア言語は、プロセス全体を見るだけで余計な手間が入るため3分の2程度に生産性が落ち込むと言っても過言ではありません。翻訳作業を生産性の観点から標準化するのはとても困難です。
翻訳の質はどうでしょうか。日本に独特の表現や概念が存在する現実を見てみると、相当する概念がない言語文化への訳ですから、質を論じるまでには至りつかない極端なケースもありえます。反対に、ゲルマン語同士の翻訳ではliteral translation(いわゆる直訳)が可能になり、多少不自然でもいいから、文字通りに訳すことができます。日本語がからんだときにこれをやると、あまりにも不自然すぎて訳文が読めたものではない、とのクレームがついてしまうのです。質の問題は生産性と密接に関連しており、生産性を度外視できずに、しかたなく質を下げてまでも仕事をやり終えなければならないことすらあります。
翻訳者の資質については、検討段階ですでに指摘されている通り、日本の翻訳市場にそぐわない標準化が列挙されています。日本の大学・大学院には翻訳の学位を出すところはありません。(バベルユニバーシティは米国の大学院)たとえ出したとしても関連学位で、残念ながら教育内容も理論に偏る傾向にあります。翻訳作業について国家が資格認定する試験もありません。
ただし、翻訳者の資質については、日本に同様の慣習がなかったという理由だけで、いつまでも日本が世界に甘んじているわけにはいかないでしょう。私が理事を務めている日本翻訳協会
においても、翻訳の様々な分野、コンピテンスの試験を実施してますが、翻訳団体は、TOEICなどの英語検定試験に頼るだけではなく、翻訳業に特化した資格試験を開発・運営していく必要もあるでしょう。
http://www.jta-net.or.jp/index.html
また、翻訳者に将来なりたい方々は翻訳の理論だけではなく、実践にも即した翻訳修士号の取得が強く求められます。後者において、日本の翻訳市場にもっとも近い実践の形で、しかも、
翻訳に関連した理論をも教育に取り込み、さらに、アメリカの認定団体であるDEAC ( The Distance Education Accrediting Commission )にこれまで3度の認定を受けてきた実績を伴い、翻訳修士号を提供しているのはBabel University Professional School of Translationをおいて他にありません。
http://www.deac.org/
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