デジュールスタンダードの時代へ?!

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

翻訳の国際規格が間もなくスタート!
翻訳の国際規格、ISO17100が間もなくスタートします。
ISO(国際標準化機構、本部ジュネーブ)は様々な国際技術規格を世界標準とすべく、規格を策定、世界に普及させようとしています。
以下に翻訳関連する規格を列挙しましょう。

  • ISO 9001:2008
    文書化プロセスと手順に適用される規格。
  • ISO 27001:2005
    文書化された情報セキュリティマネジメントシステムの構築、導入、運用、監視、維持、改善のための要件を規定する規格。
  • EN 15038:2006
    欧州標準化委員会によってヨーロッパの翻訳/ローカリゼーション専用に作られた品質規格。
  • ISO 13485:2003
    ISO 9001を基にした規格で、医療機器と関連サービスの設計、開発、製造、設置に焦点を置いた規格。
  • ISO 14971:2007
    医療機器の翻訳サービス全体を通してリスク管理のあらゆる側面が考慮されていることを確認するプロセスを提供する規格。(ISO 13485を補完するもの)
その内に、TC(Technical Committee)37という言語、内容及び情報資産の標準化をめざす専門委員会が設置され、その下にはいくつものSC(Sub Committee)が設置されています。この17100もこの中で検討され、現在は、DIS(Draft International Standard)、という段階にあり、間もなくISO17100(Requirements for translation Services)が翻訳の国際規格として誕生する段階です。 私は日本翻訳協会の一員としてこのISO17100DISの検討プロジェクトに参画することになりました。 日本はとかくこのようなルール創りには蚊帳の外に置かれがちですが、我々翻訳者ひとりひとりの課題としても正面から向き合う時が来たように思います。 これが、我々バベルグループが40年にわたり独自に追求してきた、‘ 翻訳のプロフェショナリズム ’を確立することでもあるからです。 また、私が関わっている日本翻訳協会において昨年スタートした
『JTA公認 翻訳プロジェクト・マネージャー資格試験』についても、このISO17100に準拠し、それを越える(翻訳品質のみならず、ビジネスとしての健全性を含む)資格として確立できればと考えています。http://www.jta-net.or.jp/about_pro_exam_tpm.html この業界で長い方はご承知かと思いますが、ISO9001という品質マネージメント規格は、ローカリゼーション翻訳の世界では、国際規格として採用され、翻訳会社( Translation Service Provider) によってはこの認証を取得して、クライアントにたいする営業のブランド力としていました。しかし、その後、翻訳の業界にはそぐわないとして欧州規格EN15038が創られ、これが次第に浸透するようになりました。そこでISOはこのEN15038をベースとして、ISO17100の開発に踏み切ったという訳です。 このISO17100は、‘翻訳のプロフェショナリズム’の確立という意味でも大事な視点を含んでいます。 まず注目すべきは、このISO17100は翻訳会社のみならず、クライアント、その他のステークホールダーを巻き込んだ規格であるということです。 また、この規格では翻訳者の資格(Qualification of Translators)、そしてチェッカー、リバイザーの資格を明確にしようとしていることです。すなわち、翻訳者を社会にどう認知させるかという視点をベースにもっているということです。 翻訳者の資格(Qualification of Translators)
(1) 翻訳の学位
(2) 翻訳以外の学位+実務経験2年
(3) 実務経験5年
(4) 政府認定の資格を有する
のいずれかが必要と謳っています。 また、翻訳プロセスについても
Translate
⇒ Check
⇒ Revise
⇒ Review
⇒ Proofread
⇒ Final Verification

とその品質確保の要求プロセスを規定しています。
*Review、Proofreadはオプション これらの要求項目は、まさに業界とそれを取り巻くクライアント、エンドユーザーが一体と ならないと達成できないことです。翻訳の品質を一定に保つためにはこれらの視点、プロセスが必要であることをクライアントが納得していただけなければならないわけで、それがなければ翻訳業界の発展も見込めないわけです。 私は、翻訳者教育の分野では、米国に翻訳大学院( Babel University Professional School of Translation)を設立しAccreditationを取得するために、米国教育省が認定している教育 品質認証団体、DEAC ( The Distance Education Accrediting Commission )のメンバー校になるべく交渉をした経験があります。 このAccreditationを取得するプロセスでは、約3年の年月と、1,000ページに及ぶ、Educational StandardsとBusiness Standards遵守の資料の作成が要求されました。 その後、これらの資料に基づき、監査チーム(5名)を米国事務所に迎え、プレゼンテーションをし、査問、監査を受けるわけですが、こうしたルールにどう準拠するかのやり取りは、嫌というほど経験しています。 自分で選択したとは言え、その経験があるがゆえに、既に作られたルールに意図に反して従わざるを得ない無念さを痛感していました。翻訳の教育はこうなんだ、他の学科を教えるのとはこう違うのだといっても、所詮、ヨーロッパ系言語間のより容易な翻訳を翻訳と考えている彼らには、その意味が通じず、いつも隔靴掻痒の思いがありました。 従って、ルールメーキングの段階からこの種のプロジェクトに関わる必要性を痛切に感じてきました。 というのは、現在、Babel University Professional School of Translationは翻訳のプロフェショナルスクール(専門職大学院)でありながら、DEACという一般の高等教育の認証 団体に加盟しているからです。私としては、ロースクールがそうであるように(ABA-American Bar Associationの認証)、翻訳教育においては翻訳教育の独自性を念頭に翻訳 機関の世界連合が翻訳教育の認証をすべきと年来考えているからです。従って、翻訳者のプロフェショナリズムを極めるためにも、翻訳高等教育の品質認証団体を世界規模で設立、Professional Accreditationを提案していきたいと考えています。 私の持論としては‘ 翻訳者は翻訳専門の修士以上の教育プログラムを修めるべき’ と考えています。翻訳は専門と言語力の統合があってこそ可能、すなわち、大学院レベルの教育であってしかるべきと考えています。 今回のISOのプロジェクトに関わるにあたって、改めて、私も含めて、日本人のルール メーキングに対する頭脳改造、行動改造、そして戦略が必要と痛感しています。 翻って、世界に広がつている日本のサブカルチャー、マンガ、アニメ、コスプレ、カラオケは実は日本が積極的に世界に発信した結果ではなく、海外が着目して普及していったのが実際ということに驚かせられます。浮世絵などの日本の伝統的コンテンツが海外の買い手に二束三文で買いたたかれて、とんでもない高値で売りさばかれているという事実に気付いているでしょうか。従って、世界文化遺産に登録された日本食にしても、もっと戦略的に世界に発信して格付けをする、そんな視点が望まれるのでしょう。 いつもルールメーキングではかやの外に在り、ロービーイング的な動きが苦手、技術があればルールなんか越えられるという根拠なきうぬぼれ、ルール作りは政府に仕事、この辺の体質を一掃する必要がありそうです。アジェンダを作成、規格を提案できる日本をめざすそんな時期に来ているように思います。 ディファクトスタンダードになるのを成算もなく待つより、デジュールスタンダードに自ら当事者として関与する、という姿勢が必要なのかもしれません。また、そのためには、我々日本人に苦手な原理、原則、能書きを書ける人材、グランドデザインが描ける人材を育てる必要があるということなのでしょうか。

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