翻訳プロフェッショナリズムの確立―40年目の中間総括 2014

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

バベルグループは40年、『翻訳プロフェッショナリズムの確立』を目標に歩んで来ました。
月刊誌『翻訳の世界』の刊行、各種翻訳技法、言語表現技法の開発、翻訳学習書の出版、 翻訳奨励賞・国際翻訳賞の実施、等で翻訳自体の啓蒙をはかり、翻訳教育を通信、通学で行い、卒業生を起用して翻訳会社、人材派遣・紹介会社を各地に立ち上げるなど、日本において翻訳ビジネスの業界を創り上げてきました。 しかし、‘志’は未だ半ば、また、志は我々だけで達成されるものではなく、翻訳者の皆様、翻訳会社様、クライアント様、また、翻訳団体、政府等が一体となって取り組むべき課題と認識しています。 翻訳のプロフェショナリズムを確立することで、翻訳を通じての日本独自の世界貢献、そして、‘翻訳の再立国’が叶うと信じます。すなわち、翻訳という行為は、コミュニケーションの齟齬による紛争の回避、異文化の交流による他者尊重の姿勢の涵養、更には、異文化の融合による新しい価値の創出、そして、ひいてはGross National Happinessの実現に 貢献するものと考えます。
今回は『 翻訳プロフェッショナリズムの確立 』と題して、バベルグループの40年を総括していきたいと思います。 なお、バベル翻訳大学院は(USA)は14年前に米国の連邦政府の品質認証を取得、世界で唯一のインターネットによる翻訳専門職大学院となりました。しかし、そもそもバベルが 40年前に日本でスタートを切ったこともあり、以下の原稿の視点は日本を起点にしていることをご了承ください。 それでは、まず、今回は皆様に翻訳界の‘課題’を共有していただこうと思います。

課題 提起

 世界がボーダレス、ひとつになる中、各々の言語を生かしつつ、情報の共有化を図り、世界を融和、相互発展させるには『 翻訳 』は欠かせない方法論と考えます。翻訳の重要性に 対する強い自覚をもつEUのような東アジア広域政府を待つまでもなく、これは自明のことでしょう。日本は‘翻訳立国’と言われて久しいにも係わらず、国家レベルの施策において翻訳の占める位置付けはあまりにも希薄としか言いようがありません。細やかなコミュニケーションスタイルをもつ日本人の特性を持ってすれば、多・双方向翻訳で『翻訳再立国』を果たし、東西、南北の橋渡しとなり、日本と世界との情報格差を無くし、その‘多・双方向翻訳力’を持って世界に貢献するという図式もあながち夢物語ではないと思います。  そのために、翻訳高等教育の在りかたに留まらず、日本において、国家レベル、さらには世界レベルの施策としての『 翻訳プロフェッショナリズムの確立』をここにバベルグループのミッションとして確認したいと思います。   日本は明治維新以来、福沢諭吉、西周、中江兆民をはじめ多くの啓蒙家が、西欧の文化、文物を‘和魂洋才’を念頭に急速に取り入れ、国家の近代化を果たしてきました。これは、換言すれば、‘翻訳’を通して当時の西欧の先進文化、文明を移入してきたと言えます。俗に、‘翻訳立国―日本’と言われる所以です。  六世紀から七世紀にかけて中国文化を移入したときには大和言葉と漢語を組み合わせて翻訳語を創り、明治維新以降は西欧の人文科学、社会科学等のそれまで日本にはなかった抽象概念を翻訳語として生み出してきました。Societyが社会、 justiceが正義、truthが心理、reasonが理性、その他、良心、主観、体制、構造、弁証法、疎外、実存、危機、等々、これらの翻訳語は現在のわたしたちには何の違和感もなくなじんできているのは承知の通りです。 翻って、この‘翻訳’の現代に占める社会的位置は、と考えてみると、不思議なくらい、その存在感が読み取れません。  もちろん、巷では、翻訳書を読み、政府、また企業でも多くの予算を翻訳に割いています。また、ドフトエスキー、トーマスマンをはじめ、世界中の古典文学を何の不自由もなく親しめる環境があるのも事実です。また、将来を展望しても、ITテクノロジーによる更なるボーダレス化を考えても翻訳は計り知れないビジネスボリュームを抱えています。 一説には、一般企業が年間に外注する翻訳量は金額に換算して、2000億円市場とも言われます。これに、政府関係、出版関係(デジタルを含む)、更にアニメ、マンガといったコンテンツ産業関連を加算すれば、優に、一兆円を越える市場規模になると言われます。 とすると、過去は言うに及ばず、今後、日本のビジネス取引、文化形成における‘翻訳’のはたす役割は、想像以上に大きいと言わざるを得ません。 日本では、(社)日本翻訳協会【当時労働大臣認可】が広く翻訳検定を実施し、その後、(社)日本翻訳連盟、等が検定試験を実施してきています。しかし、資格試験としての業界の認識は十分とは言えませんでした。また、翻訳業界では依然として翻訳実績が問われるのみで、大学、大学院などの学校法人での専門職の翻訳者養成はなされていません。民間の翻訳者養成学校に依存しているのが現状です。このような現状認識をふまえ、今後の日本の‘翻訳’の在るべきかたちを以下の6つの視点から、考えてみましょう。
  1. 翻訳業のプロフェッショナリズムは確立しているか。
  2. 翻訳の品質を保証する翻訳者、翻訳会社の生産能力の標準化はできているか。
  3. 翻訳者の資格認定は社会に定着しているか。翻訳会社の適格認証制度は構築可能か。
  4. 翻訳専門職養成の大学、大学院は存在しているか。
  5. 翻訳専門職のための高等教育機関のプロフェッショナル・アクレディテーションは実現しているか。
  6. 翻訳教育においての翻訳教師養成の必要性を認識しているか。

将来の日本が‘翻訳’を支えに、東西融合、南北融合に向けてその役割の一端を果たすことを念頭に、以下の海外の事例と比較することにより、その課題がより鮮明に見えてきます。 1. オーストラリアでは、連邦政府が、翻訳者と通訳の資格を標準化し認定する唯一の国家 機関として、1977年にThe National Accreditation Authority for Translators and Interpreters (NAATI)を設立、翻訳者の国家資格を創設した。 言語は60カ国語をカバー、大学、大学院でもこの資格を視野に入れたコースを多数設定している。これらのコースで一定レベル以上の成績を修めた場合、翻訳者としてそのレベル相当の国家認定を与える制度となっている。 2. 英国では、1986年に設立されたThe Institute of Translation & Interpreting(ITI)は、イギリスのみならず英語圏で活動する翻訳実務者を支援し、翻訳者の養成と翻訳能力の維持・向上に努めている。産業界、教育界、翻訳団体が一体となって、翻訳者の能力基準として以下の5つに設定し、この翻訳者のスキルの標準化を目標に、翻訳サービスの品質の安定を図っている。 Personal Development(自己啓発)
倫理規範、時間管理、ストレス対処、自己表現、交渉力、等 Subject Knowledge(専門知識)
リサーチ、情報源の確保と維持、インターネットの活用、個人データベースの構築、等 Language Skills(語学スキル)
自国語のスキル、対象言語の知識、推敲、編集、校正、要約、辞書と文献活用、文体、テクニカルライティング、字幕翻訳、等 IT and the Internet(IT・インターネット活用)
最新OA機器とソフトウエアー活用、セキュアリティー確保、翻訳メモリの活用、ターミノロジー管理、翻訳支援ツール、スタジオ実務、等 Business Practice(ビジネス実務)
起業、財務処理、プロジェクト管理、マーケティング、プレゼンテーション、顧客開拓と管理、法律知識、危機管理、等 3. 米国では、弁護士、医者、聖職者に始まり、工学、ビジネス(MBA)、看護、教育、社会福祉、図書館学等に加え、通訳、翻訳者等多くの分野で、所謂プロフェッショナルスクール教育が確立し、これらのプロフェッショナルに修士号を認定、授与している。翻訳専門職の修士号は、バベル翻訳大学院のみが認定。ケント、モントレーなど他の大学院の翻訳専攻もあるが、翻訳専門職大学院としては職業への配慮が弱い。The American Translators Association(ATA)では、ATA-Certified Translators(CTs)という認証試験を設けている。この資格はATA独自のもので、公的資格ではないが、英語と 特定の言語間の翻訳についてプロとしての能力基準を満たすことを客観的に認定している。 4. カナダでは、The Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC:カナダ翻訳者協会)の認定試験(The CTTIC Standard Certification Examination in Translation)は毎年1回、カナダの主要都市で一斉に行われる。対象はプロを目指す翻訳者ではなく、既にプロとして一定の経験を積んでいる翻訳者で、その 能力とスキルを客観的に確認し、認定することが主眼である。 CTTICの認定資格者(Certified Translator)は、ニューブランズウィック、オンタリオ、ケベック、ブリティ ッシュ・コロンビアの各州では公認資格として法的に保護されている。 5.ドイツでは、国内で公文書翻訳を行うには、「公認翻訳士」の資格が必要である。「公認翻訳士」とは、「裁判所で公的に宣誓して認定された翻訳者」であり、その地方を管轄する地方裁判所(または州の上級裁判所)で認定を受けた資格である。  「公認翻訳士」の認定を受けるために持っていなければならない資格が、「国家検定翻訳士」である。これは、ドイツ国内の特定の州の文部省が実施している「翻訳士国家試験」の合格者に与えられる認定資格である。 また、ドイツ国内の主要な大学(ベルリン大学、ボン大学、ライプチヒ大学、マインツ大学、ハイデルベルク大学、ヒルデスハイム大学)の翻訳課程修了者に与えられる「ディプロム翻訳士」という資格があり、こちらも「公認翻訳士」の認定を受けるための資格として認められている。  以上、特筆すべきは、上記の各国は、政府、産業界、教育界、翻訳者団体が4者一体となって進めていることです。 こうした中で、バベルグループは40年にわたり、これら6つの課題のソリューションを試みてきました。以下、その中間報告いたします。
課題ソリューションの試み
  その達成率 ソリューション1. 80%達成 (達成率自己評価)
  翻訳者の能力の標準化⇒ 
  翻訳者の国家資格の構築
バベル翻訳大学院(USA)ではプロフェッショナルトランスレーターの能力を以下の 5つの視点から考え、コースワークをこれらのスキル別に組み立てています。
  • Language Competence(基本となる言語運用スキル)
  • Cultural Competence(背景となる文化知識)
  • Expert Competence(専門分野の知識)
  • IT Competence(翻訳に必要とされるITスキル)
  • Managerial Competence(翻訳会社経営、翻訳プロジェクトマネージメントスキル)
 また、提携している一般社団法人日本翻訳協会の翻訳者の認定資格試験では、同様の考えに基づき、4つのCompetence別資格試験を設定、その4つの試験の合格をもって総合 合格としています。日本翻訳協会では、これに加え、経験審査に基づく独自の翻訳者認定 資格を授与しています。
  1. Language & Cultural Competence Test
    翻訳文法技能試験
  2. Expert Competence Test
    翻訳専門技能試験
    ① フィクション ②ノンフィクション ③IR/金融 ④リーガル ⑤医学/薬学  ⑥特許(IT)
  3. IT Competence Test
    IT技能試験
  4. Managerial Competence Test
    翻訳マネジメント技能試験
    http://www.jta-net.or.jp/about_pro_exam.html
    http://www.jta-net.or.jp/about_business_exam.html
    http://www.jta-net.or.jp/about_publication_exam.html
ソリューション2. 50%達成 (達成率自己評価)
 翻訳の品質保証システム構築 ⇒
  翻訳会社の適格認証制度の構築
バベルグループでは、翻訳の品質認証、翻訳会社の適格認証制度の前提となるのは、翻訳 プロジェクトマネージメントスキルと考え、日本翻訳協会と共同で、翻訳プロジェクトマネージメント資格試験を以下の6つの視点で開発しました。
現在、ISO17100で翻訳品質基準づくりが進行中のようですが、この視点は、その基本になるものと考えています。
  1. 時間管理(TIME MANAGEMENT)
  2. 人材管理 (PERSONNEL MANAGEMENT)
  3. 資源管理 (DATA & RESOURCES MANAGEMENT)
  4. コスト管理 (COST MANAGEMENT)
  5. 顧客管理 (CLIENT MANAGEMENT)
  6. コンプライアンス管理 (COMPLIANCE MANAGEMENT)
    http://www.jta-net.or.jp/open_seminar_tpm.html

ソリューション3. 90%達成(達成率自己評価)
 翻訳専門職大学院の確立  BABEL UNIVERSITY Professional School of Translation (バベル翻訳大学院) を日米合作の米国法人として2000年に開校、2001年、米国教育省認定の教育品質 認証機関のDEACのAccreditationを取得、世界で唯一のインターネットによる翻訳専門職大学院を設立しました。
http://www.deac.org/
そして、第3回目の認証を受けて現代に至っています。
https://www.babel.co.jp/edu ソリューション4.   準備中
 翻訳専門職高等教育機関のプロフェッショナル
 アクレディテーションの実施
 以下、各国の翻訳協会との連携で翻訳専門職高等教育機関のプロフェッショナル  アクレディテーション機関の創設をしたいと考えています。
日本
The Japan Translation Association オーストラリア
The National Accreditation Authority for Translators and Interpreters (NAATI) イギリス
The Institute of Translation & Interpreting (ITI) アメリカ
The American Translators Association (ATA) カナダ
The Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC) 中国
Translators Association of China (TAC) 韓国
Korean Society of Translators ベルギー
CONFERENCE INTERNATIONALE PERMANENTE D’INSTITUTS UNIVERSITAIRES DE TRADUCTEURS ET INTERPRETES(CIUTI) 米国の例を引き、若干の説明を加えると、現在、高等教育の品質認証は一般的な認証と専門職業教育の認証があります。典型例を挙げれば、米国のロースクール(法科大学院)は一般的認証機関(地域、もしくは連邦―ちなみに、Babel University Professional School of Translationが米国連邦の認証)の認証を受けながら、同時にその職業固有の認証団体、American Bar Associationの認証を受けている。
http://www.americanbar.org/aba.html
しかし、残念ながら、世界的にみても翻訳の高等教育に特化した認証機関は存在しない。 従って、翻訳教育という特殊性に鑑み、翻訳に特化した翻訳高等教育の認証機関を国を越えて準備したいと考えています。  ソリューション5. 70%達成 (達成率自己評価)
  そして、『翻訳プロフェッショナリズムの確立』へ 上記、4つのソリューションを進めるなかで、翻訳のプロフェッショナリズム、翻訳プロフェションの確立を目指したいと考えています。
参考までにプロフェッショナリズム、そしてプロフェッションについて補足させていただきます。プロフェッションとは、英語のprofessを語源としている。Professとは神の前で宣言する、という意味をもっています。中世ヨーロッパでは神の前に誓いを立てて従事する職業として、神父、医師、法律家、会計士、教師等の専門家を指していました。彼らは職業を通して神、社会に対して責任を負うという厳しい倫理観で自らを律していました。
ここで一般的に言われるプロフェッションの条件をみてみたいと思います。
  1. 社会的に必要不可欠な仕事に独占的に従事している。
  2. 高度な知識や技術を必要とし、そのために長期の専門教育が必要としている。
  3. 個人としても集団としても、広範な自律性と、その判断や行為に対する直接の責任を負っている。
  4. 営利よりも、公共の利益を第一義的に重視している。
  5. 自治組織を結成し、倫理綱領(code of ethics)をもっている。
  6. 国家、またはそれに代わる機関による厳密な資格試験をパスしている。
下線の部分に関して、若干のコメントをすれば、
1.独占的
  これからは狭隘な独占から、開かれた独占でありたいと考えます。
2.長期の専門教育
  翻訳は知の総合、従って、翻訳教育は本来、大学院レベルの教育であるべきと考えます。
3.自律性
  プロフェッショナルとしての自己責任は当然のことでしょう。
4.公共の利益
 これからの時代は営利と公益は対立概念ではないと考えます。純粋な営利事業であっても公共性が高いビジネスは数多く存在します。
5.倫理綱領(code of ethics)
 日本翻訳協会の倫理綱領をここに紹介します。
http://www.jta-net.or.jp/conduct.html
6.資格試験
 経験の客観指標としての資格を普及させていきたいと考えています。
http://www.jta-net.or.jp/about_pro_exam.html 以上、バベルグループが40年にわたり進めてきた、翻訳プロフェッショナリズムの確立への経過を見ていただきました。
‘ 志 ’まだ半ば、翻訳を通じてこれから‘ 縁 ’をいただける皆様との協力で、翻訳の プロフェショナリズムの確立をめざしていきたいと思います。 最後に、福澤諭吉の3つのことばもって自らの戒めとし、志を完遂したいと思います。
  • やってもみないで「事の成否」を疑うな
  • 努力は「天命」さえも変える
  • 自分の力を発揮できるところに運命は拓ける
(翻訳のプロフェッショナリズムを高める更なる施策については、次回に譲りたいと思います)

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– 副学長から聞く - 翻訳専門職大学院で翻訳キャリアを創る方法

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