翻訳のビジネスをどうする

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹
パラダイム変換、と言われて久しいですが、昨今は、様々な価値観や、システム、技術が変化しています。Exponential(指数関数的)と言われるように、社会、産業界の変化は革命前夜らしき様相です。そんな中で、翻訳の現場はどう変化していくのでしょうか?

これから申し上げることは、皆様が自らの翻訳ビジネスをどう捉え、どうキャリアを絞り込み、どう創り上げていくか、そもそもを考える下敷きと考えてください。

はじめに、至極当然のところから確認させていただきます。

翻訳キャリアを創るためには、大きく3つの軸が必要です。

・Social Role (その翻訳関連分野の社会的役割)
・Identity (自分がしたい分野の仕事か否か)
・Trend (政治、経済、社会、技術のトレンドがどう動いているか)

この3つの交差するところに、皆さんの翻訳キャリアを創るのが、理想的ということになります。
いわば、My Domain創りです。

この稿では、‘普遍と先端’、大きく変わることのない普遍的ニーズと、AIに代表される揺れ動く技術トレンドを考えていきます。

我々は、つい、目の前の経済情勢、社会情勢、技術環境に一喜一憂してしまいうがちですがここでは、大きな波を捉えてみましょう。

それを考えるには、まず、翻訳が発生する現場、企業活動における進化の過程をみてみましょう。

企業の進化過程―4つのステージ

1.Domestic Stage
2.International Stage
3.Multinational Stage
4.Globally Integrated Stage  いわゆるグローバル化のステージ

一般的に企業は、国内で作り、国内で売る、国内マーケットからスタートし、
「海外で作り、海外で売る」、すなわち、本社にすべての機能が集約(国際部)し、
海外子会社が製造、販売等の一部の機能を担当するステージと移ります。

そして、第3のステージでは「海外への権限委譲」が進み、本社には共通機能のみが集約され、
自律的子会社が設立されることになります。

そして、第4ステージでは、「地球でひとつの会社」、世界中で一番ふさわしい
場所にそれぞれの機能を分散させ、最適地で経営資源を調達する段階となります。
いわゆる、グローバル化のステージです。

このステージでは「国境の垣根をできる限り引き下げ、ヒト、モノ、カネ、サービスの流れを活発化させるべき」と考えます。国家の役割を最小限にし、各国の文化や制度の相違をなくし、画一的なルールの下、世界を統合していこうとするものです。

この発展段階の4つがこれまで当然の進化過程のように思われてきましたが、実はここに今、時代の反転、ゆれ戻し起こりつつあります。

すなわち、
第4のGlobally Integrated Stage いわゆるグローバル化のステージから、
5.International Stage国際化への回帰
6.Multinational Stageへの再発展 この段階では多言語間の翻訳が必要になってきます。

これらのステージでは、各国の文化や制度の相違を安易になくそうとはしません。文化や暮らしを守るために国家の役割も重視します。各国の文化を尊重し相違を認めつつ、そのうえで積極的に交流し、互いの国をよりよくしていこうと考えます。

これこそ、‘翻訳’の前提となる考え方です。
英語のみで世界を席巻しようとするグローバリズムの世界とは無縁です。

例えば、ブレグジットを主導した英国の市民団体が望んでいたのは、自分たちのことは自分たちで決めたいということでした。つまり、国民主権(自己決定権)の復活、英国という政治的まとまりの復権ということでした。彼らは、他国と付き合うことは別に否定していません。ただ、交流(貿易、外国人労働者や移民の受け入れなど)の条件を、EUではなく、自分たち自身で決めたいということでした。

一方、次に翻訳において考慮すべき、普遍は、
購買・仕入⇒製造⇒出荷・物流⇒販売・マーケティング⇒回収という、
企業の基本ビジネスサイクルです。
どのプロセスでどんな翻訳文書が発生するかを改めて考えてみましょう。

そして、この基本ビジネスサイクルを側面からささえる
法務
会計・税務
インフラ管理
人事・労務
研究開発・知財
の分野で、どんな翻訳が発生するかを交差点で見極め、ご自身の担当分野を決めていきましょう。

さらに、トレンドとしての、AI、MT(機械翻訳)技術について考えてみましょう。

シングラリティ―の時代に向けて、技術はAI主導になっていくことは避けられないでしょう。しかし、何をしたいかを考えるのはそもそも人間。そのうえで、翻訳の生産性、生産効率と効果をアップするためにMT、そしてTM(翻訳支援ツール)を活用するのは避けて通るべきではないでしょう。もちろん、これらの必要性の濃淡は分野により大きな差が出てくると思います。

機密性の高い翻訳、専門性の高い翻訳、逆にクリエイティブ性の高い出版翻訳等は、最終的には人間の責任に委ねられます。

従って、AIによって駆逐される職業分野などと言われるように、翻訳業界、複合翻訳業界においても、クリエイティブ性、ホスピタリティ性、プロジェクトマネージメント性を持たせて仕事を複合化することにより、AIに駆逐されることのない独自の仕事領域が形成できるでしょう。

時代は確実に‘翻訳’というコミュニケーションを必要としています。とすれば、そこで活動するビジネスの普遍と先端を見極めつつ、ニッチであってもいい、むしろニッチであるべきご自身のやりたいドメインをできれば複合的に組み立てながら探していきましょう。ここにこそIdentity、自らの生存領域が生まれます。
NI、Natural Intelligenceが主役となる世界では、AI、Artificial Intelligenceに主体性が奪われることはないからです。

– 副学長から聞く - 翻訳専門職大学院で翻訳キャリアを創る方法

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