第206号 ALUMNI編集室から
発行:バベル翻訳大学院 ALUMNI Association
今回は以前にも何回か寄稿いただきました九州大学で政治学を講じています施 光恒先生に許可を得て、施先生が他の媒体で披露されたお考えをお届けします。日本人も世界の動きに学ぶ姿勢が、国を動かす人々を筆頭にあるようです。 堀田都茂樹
「ヨーロッパ文明の死?」
施 光恒(せ・てるひさ)
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授法学博士
日本の実質上の「移民国家化」が着々と進められています。
最近は、現在の入国管理局を改組・拡大し、「入国在留管理庁」(仮称)を設置する方針を政府が固めたという記事が各紙に出ていました。
「入国管理庁に格上げ 来年4月、人材受け入れに環境整備」(『産経ニュース』2018年8月28日配信)
https://www.sankei.com/politics/news/180828/plt1808280006-n1.html
去る六月に閣議決定された「骨太方針」で事実上、外国人労働者を大規模に受け入れることが明記されました。介護や建設、農業といった分野に2025年までに50万人超を受け入れるということです。
周知のとおり、欧州では1960年代頃から外国人労働者を受け入れ始めた結果、治安の悪化や社会的分断など様々な社会問題が生じてきました。その先例に学ばず、なぜ日本は愚かな後追いを始めるのでしょうか。
この流れ、自民党が進めている限り、簡単には止まらないでしょう。今秋の自民党の総裁選でも、外国人単純労働者大規模受け入れの是非は争点に全くならないようです。
また、野党も、「リベラル=外国人労働者・移民受け入れに寛容であるべき」だと思い込んでいるので、基本的に反対しないでしょう。
(骨太方針への懸念や「リベラル=外国人労働者・移民受け入れに寛容であるべき」という図式のおかしさについては、少し前の産経のコラムで少しですが書きました。下記のリンクをご覧ください)。
【国家を哲学する 施光恒の一筆両断】「外国人就労拡大 「国民の安寧」への打撃」(『産経ニュース』2018年6月7日付)
https://www.sankei.com/region/news/180607/rgn1806070027-n1.html
外国人単純労働者大規模受け入れ推進派の論拠は、概ね「少子化で深刻な人手不足に陥っているのだからしょうがないだろ」というもののようです。
上記の産経のコラムを書いた後、やはり産経新聞から、「ニッポンの議論」という欄で外国人労働者受け入れ問題について賛否それぞれの意見を併記する記事を作るので、反対派として出てくれと声がかかりました。
その際、賛成派がどのような議論を展開するのか、大いに関心があったのですが、期待外れでした。下記のリンクを見ていただければわかるように、賛成派の毛受敏浩(めんじゅ・としひろ)氏の論拠は、やはり「人手不足が深刻だから」だけでした。
【ニッポンの議論】「外国人労働者受け入れ 毛受敏浩氏「人手不足深刻で必要」×施光恒氏「経済安定化に逆行」(『産経ニュース』2018年7月29日付)
https://www.sankei.com/premium/news/180729/prm1807290014-n1.html
賛成派の他の論拠としてたまに耳にするのは、「ダイバーシティ」(多様性)のためだというものです。例えば、経団連の中西宏明会長は、外国人労働者大規模受け入れが必要だという理由は、人手不足以前に「ダイバーシティ」のためだと述べています。
経団連会長「外国人労働者受け入れ拡大を」(『日テレNEWS 24』 2018年6月11日)
http://www.news24.jp/articles/2018/06/11/06395597.html
賛成派が最低限しなければならないことは、日本が外国人単純労働者を大規模に受け入れたとしても、欧州のように移民国家化しないこと、また移民国家化のため欧州各国で生じた様々な社会問題から真剣に学び、こうした問題を日本では引き起こさないということを、きちんと説明することだと思うのですが、賛成派でそうしている人をみたことがありません。
外国人単純労働者受け入れ問題に関して、私が最近、講演などでよく触れる本があります。英国のジャーナリストであるダグラス・マレー氏が昨年出版し、同国でベストセラーになっている『ヨーロッパの奇妙な死――移民、アイデンティティ、イスラム』という本です。(Murray, D., The Strange Death of Europe: Immigration, Identity, Islam (London: Bloomsbury Continuum, 2017))。
英国アマゾンのサイトでみると、昨日現在でレビューが702件もついており、平均値は4.8です。英国人の非常に大きな支持を受けています。
https://www.amazon.co.uk/Strange-Death-Europe-Immigration-Identity/dp/1472958004/
この本、私は、中野剛志氏の新刊『日本の没落』(幻冬舎新書)で紹介されていたので興味を持ち読んでみたのですが、衝撃的な内容です。(未邦訳ですが、中野さんの本(特に第四章)で全体の概要が紹介されています。邦訳は、東洋経済新報社から年末~年明け頃、出版される予定だそうです)。
著者のマレー氏は、ヨーロッパは、「自殺しつつある」と述べています。理由は、大規模な移民の受け入れです。大規模に移民を受け入れてきたため、ヨーロッパ各国の「国のかたち」は大きく変容してしまい、その文化的アイデンティティを喪失しつつある。ヨーロッパ人は自分たちの故郷を、近い将来、失うと警告するのです。
マレー氏は、本書を次のような文章で始めています(中野さんの訳文をかなり拝借しています)。
「ヨーロッパは自殺しつつある。あるいは、少なくともヨーロッパの指導者たちはヨーロッパを自殺に追い込むことに決めた」。
「私が言っている意味は、ヨーロッパとして知られる文明が自殺の過程に入っており、イギリスであれ他の西ヨーロッパの国であれ、どの国も、同じ兆候と症状を示しているので、この運命からは逃れられないということだ。結果として、現在生きているヨーロッパ人のほとんどの寿命が終わるころには、ヨーロッパはヨーロッパではないものになり、ヨーロッパの人々は世界の中で故郷と呼べる唯一の場所を失っていることであろう」。
マレー氏の本では、英国をはじめとするヨーロッパ諸国は、どの国の国民も自分たちの国を移民国家にするとはっきりとは決めたわけではないのに、ずるずると取り返しのつかないところまで来てしまった経緯が描かれています。
例えば、英国をはじめとするヨーロッパ各国で、もともとの国民(典型的には白人のキリスト教徒)は、どんどん少数派になってきています。本書で紹介されている数値をいくつかあげてみましょう。
2011年の英国の国勢調査によれば、ロンドンの住人のうち「白人の英国人」が占める割合は44.9%とすでに半数を切っています。
また、ロンドンの33地区のうち23地区で白人は少数派に転落しています。ちなみに、この数値を発表した英国の国家統計局のスポークスマンは、これはロンドンの「ダイバーシティ」(多様性)の表れであると賞賛したそうです。
2014年に英国内で生まれた赤ん坊の33%は、少なくとも両親のどちらかは移民です。オックスフォード大学のある研究者の予測では、2060年までには英国全体でも「白人の英国人」は少数派になると危惧されています。
英国民に占めるキリスト教徒の割合も、過去10年間で72%から59%と大幅に減少し、2050年までには国民の三分の一まで減る見込みです。
他に、例えばスウェーデンでも今後30年以内に主要都市すべてでスウェーデン人(スウェーデン系スウェーデン人)は少数派に転落するという予測もあります。
このように、外国人労働者の受け入れに端を発する移民国家化によって、ヨーロッパ諸国は、民族構成や宗教や文化のあり方が大きく変容しつつあります。正面から十分に国民の意思を問うたわけでもなく、いつの間にか、「国のかたち」がなし崩し的に大きく変わってきてしまっています。その結果、ヨーロッパ文明は死に、ヨーロッパ人はかけがえのない故郷を失うだろうと著者のマレーは警鐘を鳴らすのです。
こうしたヨーロッパ各国の状況は、外国人労働者の大量受け入れをほぼ決めてしまった日本にとっても他人事ではありません。近い将来、『日本の奇妙な死』という本がベストセラーになる日がこのままだと来るのではないでしょうか。
我々は、ヨーロッパの陥っている苦境から学ぶ必要が大いにあります。
追伸:マレーの『ヨーロッパの奇妙な死』については、『表現者クライテリオン』のメルマガ(施担当分)でも異なる角度から少し触れています。そちらもご覧ください。
『表現者クライテリオン』 http://amzn.asia/d/fGoIcLh