第2回 グローバル翻訳市場へのアプローチの仕方
読者の方から質問がありましたので、最初にお断りしておきますが、この記事での「起業」とは、翻訳会社(法人)を設立して経営するという意味ではなく、「フリーランスの翻訳者」としてお金を稼いでいくにはどうしたらよいのか、というレベルの話しです。その場合でも、国によっては、労働許可の取得などさまざまな問題をクリアしなければならないかもしれませんが、この記事では取り扱いませんので、滞在国の制度をご自分で調べてください。また、海外で将来翻訳会社を経営してみたいという方も、国によって要件が異なりますので、商工会議所などで情報を調べてください。 英日・日英の案件が多い国 前回の記事でも説明しましたが、インターネット上で取引できる翻訳会社は世界中のほとんどの国に存在します。その中で、英日・日英の翻訳案件を多く扱っている国は、まず英語圏の国かつ日本企業が多く進出している国・地域(米国、カナダ、英国、アイルランド、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、香港、インドなど)、次に非英語圏でも日本企業の活動が活発な地域(西ヨーロッパ、東南アジア、中国など)が挙げられます。最近は、東アジア、EU圏の東欧諸国、南米、ロシア、イスラエルといった国でも英日・日英の翻訳需要が高まっています。 ここで気をつけなければならないのは、仕事をした後確実に翻訳代金が回収できるかということです。たとえば、現在EU圏、南米などの国で金融危機が叫ばれていますが、そのような国の翻訳会社と取引しても、国家レベルで外貨の持ち出しが制限されてしまうと翻訳代金の回収が遅れたり、最悪の場合は払ってもらえないことがありますのでご注意ください。では、経済が急速に発展している新興国や発展途上国ではどうかというと、やはり外貨が不足している国では外貨での取引が制限されることがありますので、最初からあまり大きな案件を引き受けないほうが良いでしょう。 グローバル翻訳市場にアプローチするには それでは、グローバル翻訳市場にアプローチするにはどうしたらよいでしょうか。 1. 前回も説明しましたが、有利に取引を進めるには、翻訳関連の資格、特に翻訳の学位や修士号を取得することです。その理由は、海外の翻訳会社では、プロジェクトマネージャーが納品された翻訳文(たとえば、英日翻訳の場合は日本語の翻訳)を読んで品質を判定できないので、翻訳能力を判定する最も確実な方法は、翻訳を正式に勉強した翻訳者を採用することです。また、前回も申し上げましたが、翻訳業界のISOの認定資格であるISO17100:2015では、翻訳の学位や修士号を取得が翻訳者の資格として認められており、世界全体でみても日本語翻訳の学位や修士号の保有者はそれほど多くないので、優位な立場に立つことができます。 2. 特に、英国(英国翻訳通訳協会: The Institute of Translation & Interpreting(ITI))、米国(米国翻訳者協会:American Translators Association (ATA))、オーストラリア(オーストラリア国家認定資格: National Accreditation Authority For Translators and Interpreters: NAATI)の試験に合格すると、それぞれの国で翻訳者としての評価が高まります。それぞれの国の翻訳資格については、日本翻訳協会http://www.jta-net.or.jp/index.html のウェブサイトで「世界の翻訳資格」を参照してください。 3. インターネット上では、フリーランスが仕事を得るために登録するサイトが多数ありますが、特に、翻訳・通訳関連では Proz.com http://www.proz.com/ やTranslatorsCafe.com https://www.translatorscafe.com/cafe/default.asp はプロの翻訳者の登竜門として有名です。どちらも無料で登録可能です。両サイトでは仕事の紹介を行っていますが、翻訳者としての資格や能力を詳細に登録しておけば、翻訳会社からスカウトされることがあります。Proz.comでは、有料登録制度やCertifiedProという認定制度があり、有料登録や認定を受けると、無料会員よりスカウトされる確率が高くなります。 4. たとえば、居住国に日本との取引が多い企業や日系企業が進出している場合は、必ず翻訳案件が発生しますので、企業に務めている知り合いに翻訳者であることを売り込んだり、現地企業に直接売り込むという方法が考えられます。ここで注意してほしいのは、ターゲットを絞らずに知り合い、近所の人、親戚など誰にでも口コミで翻訳者であることを宣伝すると、簡単なメールや手紙などプロ向けではない案件を無料、あるいは非常に安い料金で引き受けるはめになってしまいがちです。 グローバル翻訳市場におけるリスク 翻訳者にとっての最大のリスクは、「仕事の報酬が支払われない」ことです。これは、国内外を問わず同じです。万が一翻訳料金が支払われない場合、日本の翻訳会社には少額訴訟を直接起こすことができますが、翻訳会社が海外にある場合は、債権回収のために弁護士や費用回収会社に依頼すると、莫大な手数料がかかります。そこで、未払いリスクを避けるには、原則として政情が不安定な国や金融危機が発生している国にある翻訳会社と取引をしないようにします。こうした国にある翻訳会社は、単価が通常より高い、支払いまでの期間が短いなど、最初に翻訳者にとって非常に都合の良い条件を提示することがありますが、そうした条件に惑わされないようにしてください。 グローバル翻訳市場におけるメリットとデメリット 海外のさまざまな地域(アジア、ヨーロッパ、北米)に取引先を分散させておけば、ある地域で景気が悪くなってその地域にある翻訳会社から仕事が途切れても、他の地域にある翻訳会社からは仕事の依頼が続くので、年間を通して仕事が平均的に発注されるというメリットがあります。 デメリットは、上記の3地域では時差が大きいため、3地域の翻訳会社に完璧に対応するには、それこそ寝る暇もありません。そこで、取引の多い翻訳会社を2地域に絞り、他の1地域の翻訳会社からは暇なときに仕事を受けるようにします。 (WEB雑誌 The Professional Translator 155号より) http://e-trans.d2.r-cms.jp/ また、8月30日(火)18:00~(日本時間)、このテーマに関して、日本翻訳協会主催でセミナーを実施する予定です。ZOOMで世界中から参加できます。 沢山の方の参加をお待ちしています。 [box color=lgrey] ハクセヴェルひろ子 大学卒業後、商社と金融機関勤務を経て、1992年トルコに移住。 2005年バベル翻訳大学院修了。翻訳修士。 2008年Proz.com Certified PRO認定。現在フリーランスで翻訳業に従事。 [/box] [:]]]>