The Professional Translator の読者の皆さん、こんにちは。今から2年半前に半年間にわたって『グローバルに働く-翻訳者として成功する秘訣』という連載で、グローバル翻訳市場で働く方法についてさまざまな観点から論じてきました。しかし、今になってみると、そもそも「グローバル翻訳市場とは何か?」あるいは、「日本の翻訳市場とどう違うのか?」という視点が足りませんでした。そこで、今回の連載では改めてグローバル翻訳市場の特徴を捉え、グローバル翻訳市場で働く際に気をつけるべき点について論じてみたいと思います。 私はこれまでトルコに住みながら約15年にわたり実務翻訳を職業としてきましたが、取引先のほとんどは昔も今も海外の翻訳会社です。世界中の翻訳会社と長年にわたって取引しながら気がついたことは、日本の翻訳会社と海外の翻訳会社とは取引の形態が違うことです。したがって、日本の翻訳会社ばかりと取引してきた翻訳者が、海外の翻訳会社と取引を始めようとすると、日本の翻訳会社では必要なかった知識や技術を求められ、戸惑ってしまう場合もあるかもしれません。今回は、日本と海外の翻訳会社の特徴や違いについて簡単にまとめてみます。
日本の翻訳会社 | 海外の翻訳会社 |
---|---|
一対一の翻訳(英語/外国語→日本語、または日本語→英語/外国語) | 英語から複数言語への翻訳 |
ほぼ日本語のみのコミュニケーション | グローバル翻訳市場の共通語は英語 |
企業が海外から入手する原稿を日本で翻訳する(ソース言語が外国語の場合) | 海外で作成された資料を海外で翻訳する |
翻訳者の役割は文書の翻訳に限定されている | 翻訳は工程の一部分であり、翻訳者は製品化された翻訳(パンフレット、Eラーニングモジュールなど)の品質管理や保証にも関与することが多い |
翻訳のチェックや校正は社内のチェッカーが担当 | 翻訳のチェックや校正は登録翻訳者が担当、または他の翻訳会社に外注、クライアントが直接校正 |
翻訳支援ツールは必須ではない | 翻訳支援ツールの使用が必須 |
上記の表は、日本の翻訳会社と海外の翻訳会社の特徴の違いをまとめたものです。 まず、日本の翻訳会社で英語や外国語の資料を翻訳する場合、日本語を含めた複数言語に翻訳することはほとんどないでしょう。たいてい、日本語にしか翻訳されません。これに対して、海外の翻訳会社の場合、ひとつの資料が複数言語に翻訳されます。これは、日本の翻訳会社では日本国内の取引先が海外から入手した資料を翻訳するのに対して、海外の翻訳会社では、翻訳資料を作成した企業や団体が翻訳会社に直接翻訳を依頼するためです。言語ごとに別の翻訳会社に発注せずに、まとめて一社に発注すれば、納期や価格など発注のための交渉は一箇所で済んで重宝します。そのため、日本語の翻訳も他の言語と一緒に海外で処理されるものが多くなっています。 それでは、日本語/英語から他の言語に翻訳する場合は、国内の翻訳会社ではどのように処理しているのでしょうか。まず、日本語から外国語に翻訳する場合は、翻訳者に日本語のコミュニケーション能力を求めている場合が多いようです。日本語で書かれている内容を理解しないと翻訳はできませんので、日本語の能力を確かめるうえでも、この条件は妥当でしょう。 では、英語から他の言語への翻訳はどうでしょうか。私は、日本の翻訳会社が実施した多言語翻訳(約25カ国語)のプロジェクトの一部(英語→トルコ語)に参加したことがありますが、日本ではこうした多言語翻訳プロジェクトはそれほど多く実施されていないのではないかと思います。ある言語から多言語への翻訳は、元の言語が何語であっても、まず英語版を作成してから他の複数言語に翻訳するのが一般的です。その場合、翻訳者とのコミュニケーションは英語で行わなければなりませんが、日本でコーディネータの募集要領をみると、必要な能力として英語でコミュニケーションがとれる、という条件はほとんどありません。これに対して、グローバル翻訳市場の共通言語は英語です。世界のどこの翻訳会社と取引しても、コミュニケーションは英語で行われます。 5年前と今年の春、日本企業の大型合併のために日本語の資料を英語に翻訳する数千万語単位の大規模翻訳プロジェクトが実施されました。どちらのプロジェクトも米国の翻訳会社に発注され、その翻訳会社から世界中の翻訳会社に案件が出回りました。海外在住の日本語/英語翻訳者のもとには、複数の翻訳会社からプロジェクトへの参加を依頼するメールが届きましたが、日本の翻訳会社や日本在住の翻訳者にはほとんど情報が届きませんでした。これはあくまでも推測ですが、英語でのコミュニケーション能力が問題にされたのだと思います。これはほんの一例ですが、本来であれば日本で翻訳されるべき案件が日本を迂回してどんどん海外に流出しています。 次の特徴として、日本の翻訳会社から受けた案件は、翻訳が終わると社内の他の担当者がチェックや工程管理を行うので、翻訳後は翻訳者の役割もほぼ終了します。これに対して、海外の翻訳会社の案件は、翻訳は大掛かりな案件(たとえば、Eラーニングのモジュール、ウェブサイト、ビデオなど)の一部であり、たいてい翻訳後もモジュール、ウェブサイト、ビデオに製品化されたものをチェックする作業が伴います。 翻訳のチェックや校正ですが、日本の翻訳会社は社内でチェッカーと呼ばれる担当者がチェックや校正を行いますが、海外の翻訳会社では登録翻訳者が翻訳のチェックや校正を担当します。まれに、他の翻訳会社に外注されることもあります。日本のチェッカーは、翻訳業に就く前の修行として認識されることも多いようですが、翻訳を経験していない人がプロの翻訳者の案件をチェックすると、ひどい場合は改悪されてしまいますが、翻訳者にはどこをどう直したのかはほとんど知らされません。これに対して、海外の翻訳会社では、翻訳者と実力が同等またはそれ以上の翻訳者がチェックや校正を行った後、その原稿が翻訳者に戻されます。翻訳者が訂正を受け入れるかどうかは、翻訳者の裁量に任されています。訂正原稿を元に最終原稿を仕上げて納品します。また、クライアントの担当者が翻訳原稿の校正に直接関与することもありますが、その場合も、翻訳者による訂正と同じ工程で処理します。 最後に、翻訳支援 (CAT) ツールの使用についてですが、日本の翻訳会社では使用を義務付けているところはそれほど多くないでしょう。これに対して、海外の翻訳会社では、最低1種類のCATツールを使いこなせないと、登録しても仕事が発注されません。というのは、CATツールはWordだけではなく、ExcelやPPTのレイアウトを整えたり、タグを処理するために必要不可欠だからです。 海外の翻訳会社と取引を始める場合は、上記の特徴や要件を考慮に入れてください。 お知らせ:この連載をもとにしたセミナーが8月30日に開催されます。ご興味のある方は是非ご参加ください。世界中どこからでもオンラインで参加できます。詳細は、下記URLからお願いします。
http://www.jta-net.or.jp/seminar_global_honyaku_market.html The Professional Translator 7月10日号より
http://e-trans.d2.r-cms.jp/ [box color="lgreen"]
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