いまこそ、翻訳の意義と価値を見直すときでは ― 安易な英語化は日本を滅ぼす?!

米国翻訳専門職大学院(USA)副学長 堀田都茂樹

昨年8月に内閣官房管理下のクールジャパンムーブメント推進会議が「公用語を英語とする英語特区をつくる」という提言をしました。これに対して、九州大学准教授の施光恒(せてるひさ)さんは、英語化は日本人の愚民化政策と批判しました。 また、夏目漱石は「英語で行っていた明治初期の教育は一種の屈辱であった」とまで言ったと言います。 経済学者水野和夫氏は、英語を使えるかどうかで国民に分断を持ち込み、格差社会化を進展させ、日本国民の一体感も失わせると言います。 津田幸男氏は英語化の進展は世界を不当な、英語圏諸国を上層に置く英語支配の序列構造のもとに落とし込んでしまうと主張しています。 前号で触れたように、文部科学省が大学に文化社会学部、教養はいらないから職業訓練校にしろというのも、日本人を英語支配の序列構造の最下層の沈黙階級へ貶めるものと言えそうです。 また、2018年からの小学5年生に対する英語教育導入の周辺には、会社内の公用語の英語化と並んで、グローバル化の方向性をややはき違えている議論がまかり通っているように思います。 日本が経済力、技術力、文化力、社会力で世界のトップレベルに至ったのはなぜなのか、この機会に改めて、我々が持つ文化遺産(日本語、日本文化、翻訳)を見直してみたいと考えます。 おかげさまの認識が足りないと言えないでしょうか。ここで先人から受け継いだ知的資産について考えたいと思います。 翻訳文化、‘方法翻訳’という資産
・6,7世紀から中国文明を消化、吸収するに中国文化を和漢折衷で受け入れ、真名、仮名、文化を作り上げ
・明治維新以降、先人、福澤諭吉、西周、森有礼等々が、西欧文化、技術、制度、法律等、日本にない抽象概念を数々の翻訳語を創って受け入れてきた実績
・そして、ロシア文学をはじめ世界中の古典を翻訳で読める稀有な国、翻訳大国日本 日本語、日本文化という資産
・50万語という世界一豊かな語彙をもつ日本語。英語は外来語の多くを含んでの50万語、ドイツ語35万語、仏語10万語。言霊の幸はふ国日本
・古事記、日本書紀、万葉集など、1000年前文献を読める日本。英米では古代ギリシア語、ヘブライ語が読めないと当時の作品は読めない
・世界200の国、6,000以上の民族、6,500以上の言語の内、50音の母音中心に整然と組み立てられ、・平仮名、片仮名、アルファベット、漢数字、ローマ数字等多様な表現形式を持つ稀有な言語、日本語
・脳科学者角田忠信が指摘しているように、子音を左脳、母音を機械音、雑音と同じ右脳で処理、また、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音をノイズとして右脳で受けている西欧人。対して、子音、母音、さらには小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音までも言語脳の左脳で受け止める日本人
・ユーラシア大陸の東端で、儒、仏、道、禅、神道文化を発酵させ、鋭い感性と深い精神性を育んできた日本
・「日本語の科学が世界を変える」の著者、松尾義之が指摘しているように、ノーベル賞クラスの科学の発明は実は日本語のおかげ しかし、一方で、榊原英資氏はその著「日本人はなぜ国際人になれないのか- 翻訳文化大国の蹉跌」で翻訳によって日本人の国際性が削がれたと主張します。しかし、日本はそれ以上に余りある資産を翻訳によって手に入れたはずではないでしょうか、 経済大国
文化大国
社会大国
科学大国
そして、東洋思想の集積地として
するどい感性と
深い精神性を獲得した日本人 こうして翻訳立国を果たしてきた我々は、先人が作った‘方法翻訳’を明らかにし、英語化を云々する前に、翻訳のプロフェショナリズムを確立することが先決ではないでしょうか。 バベルはこの41年にわたり、翻訳のプロフェショナリズムを確立するために以下に専念してきました。それは、 1. 翻訳者の資格の確立―各種翻訳能力検定の実施
2. 翻訳会社の翻訳品質管理と経営の技術の標準化
3. 翻訳高等教育(翻訳専門職大学院)の確立と翻訳教育専門の品質認証(Professional Accreditation)の準備
本年4月24日に発行されたEU発の翻訳の世界規格、ISO17100の検討会議で、翻訳立国、翻訳大国である日本に翻訳の大学、学部がないというので恥ずかしい思いをしているのは私だけではないでしょう。 こうして翻訳のプロフェショナリズムを確立し、翻訳者、更には通訳者を自在に活用できる環境をつくることです。大事な場面では中途半端な英語を使って臨むより、プロの翻訳者、そして通訳者を活用すべきです。 英語の公用語化という無意味な施策はいりません。100年たっても日本人同士が無意味に英語で会話をする光景は現れないでしょう。 私はむしろ、日本語と英語を大事にして、英会話教育ではなく、‘教育的翻訳’を、そして‘教育的通訳’に取り込むべきであると考えています。 ‘教育的翻訳’というと馴染みがないと思いますが。 教育的ディベート(Academic Debate)をご存知でしょうか。バベルでも90年代に約10年間、米国のディベートチャンピオンとコーチ(教授)を日本に招請して、日本全国での教育的興行を全面的に後援しておりました。日本語と英語でディベートを行い、ディベートの効用を謳ってきました。当時は、松本茂先生(バベルプレスで「英語ディベート実践マニュアル」刊行、現立教大学経営学部国際経営学科教授、米国ディベートコーチ資格ホールダー)、故中津燎子先生(「なんで英語やるの?」で大宅壮一ノンフィクション賞受賞)にお力添えをいただいておりました。 ‘教育的ディベート’とは、論理構成力を涵養する教育の手段としてディベートの手法を活用しようという考え方でした。 従って、ここで私が言う、‘教育的翻訳’では、プロ翻訳家の養成という意図はありません。ここでは理解していただくために、そのわかりやすい例をお伝えします。 私が前職(JTB外人旅行部)からバベルに転職したときのバベルの面接官が、当時教育部長をされていた故長崎玄弥先生でした。長崎先生は海外に行くこともなく、英語を自由に操る天才的な方でした。当時は奇跡の英語シリーズで100万部を越えるロングセラーを執筆されておりました。その面談では急に英語に切り替わって慌てた覚えがあります。その長崎先生と翻訳に関するある実験的な試みをしました。 当時、中学の1,2年生を7,8人募集して、中学生に翻訳(英文解釈、訳読ではない)の授業をするという試みでした。週に2,3回、夕方を利用して、かれらに英米文学(ラダーエディション)の翻訳をさせたのです。詳細は置くとして、それから約1年後は、なんと彼らの英語、国語、社会の成績が1,2ランク上がったのです。英語の成績が上がるのは当然としても、社会、国語の成績が上がった時は、翻訳という教育の潜在力を実感したものです。あれから20余年、‘教育的翻訳’を考えるに時が熟して来たと感じています。 現在の英語教育では、文法訳読形式が否定され、コミュ二カティブな英語教育が推進されるなか、その実効性が上がらないのを目の当たりにして、明治時代以前の教育にも見られる「教育的翻訳」の必要性をうすうす感じているのは私だけではないのかと思います。 また、コミュ二カティブな英語力を涵養するのに‘教育的通訳’が有効であることを、バベルでの企業人向け語学教育のなかで実感してきました。
これは後に、上智大学の渡辺昇一先生(現上智大学名誉教授、書籍「知的生活の方法」で一世を風靡)が、その実効性を検証する大部のレポートを発表されておりました。 話が横道に逸れてしまいましたが、この‘教育的翻訳’の普及が、母国語と外国語の習得、異文化理解、異文化対応、深みのある文化の熟成、感性の涵養等に役立つと確信します。 そして、ここに‘教育的通訳’を付加することによって、いわばゲーム感覚で口頭の言語能力(日本語・英語)が涵養されてくると考えます。 そしてこうして培った能力には、 日本語、日本文化という、自文化に対する相対化力
    と
英語、英語文化という異文化に対する包容力
    と
そして、異文化に対するしたたかな対応力
    と
文化の熟成と深み が備わっているように思います。
これらが、翻訳という行為がもたらす学習効果と考えます。 翻訳とは、自らの文化を相対化し、相手文化を尊重し、自立したふたつの文化を等距離に置き、価値の等価変換をする忍耐力を伴う試みだからです。 私がグローバル化は単なる英語化を越えるべきと考えるのはそのためです。 更に言えば、施光恒が主張するように、日本は、途上国が現地の言葉を使って近代化するための援助をしていくべきであると考えます。 日本は非欧米圏で初めて科学技術などを翻訳して近代化できたわけで、今のグローバル化=英語化と違う近代化の手伝いこそ、これから日本が誇れる国際貢献となると確信します。 以上

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– 副学長から聞く - 翻訳専門職大学院で翻訳キャリアを創る方法

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